島の中の戦い2
歩き出したレーシェルの後ろを、二羽の雛鳥が恐る恐る付いてくる。
雛鳥達はレーシェルの意図がわからないのか、時々首を傾げたりして随分と不安そうだ。
レーシェルは岩棚の端まで来るとまず足元を覗き見た。穴の底は、この下にも幾つもある岩棚の所為で完全には見えないが、それでも周囲の状況から特に異常がない事はわかる。
次いで上を見上げると、やはり幾つかの岩棚と、その向こうに円形の青空とその空に浮かぶ白い雲が見えている。とても静かで、当然だが海竜の姿などどこにも見当たらない。
その事を確認し、レーシェルは両腕を真上に伸ばし背伸びをするような格好で差しだした。この火口の中の岩棚はランダムにズレながら内側に向かって伸びている為、レーシェルの真上にあるのは、十ほど上の岩棚になる。
その岩棚をターゲットに、レーシェルは魔法を発動させた。
ガクン
強烈な重力がターゲットの岩棚の先に掛り、その部分が派手な音を立てて崩落する。落ちてくるのはレーシェルのちょうど真上の位置だ。
しかもその岩塊は人などすっぽりその下に入ってしまう程の大きさがある。
レーシェルの身を案じているのだろう、アルとクースがけたたましく鳴きたてる。だがその岩塊はレーシェルに近づくにつれ急速に速度を失っていき、レーシェルの頭の上でほぼ静止した。
その岩塊をレーシェルが力いっぱい押し返す。
するとその岩塊は、今までとは逆に、火口の中を上へ上へと登り始めた。二羽の雛鳥が首を伸ばして上を見る。岩塊はそのまま火口の入口までをも通り過ぎ、更に昇った所でレーシェルが魔法を解除すると、火口の外へと消えて見えなくなった。
レーシェルは二羽の雛鳥のいる方を向くと、目を丸くしている雛鳥達に微笑んだ。
「どうですか。もし海竜が襲って来ても外に放り出すくらいの事は私にも出来るでしょう?」
魔法の効果を見せる為に、レーシェルが上の岩棚を使ったのは、こうなる事を想定していたという事ももちろんあるのだが、巣の中を荒らさない様配慮したという事もある。ワイカレスの巣は本来火口の底に設けられているはずなので、その巣の部分に瓦礫の山をつくる訳にはいかないと思ったのだ。
雛鳥達の疑いの眼が尊敬の眼に変化したのがわかる。
と、その時だった。火口の外から、何かが地面に激突したような大きな音がした。ほぼ同時に、足元に振動も届いて来る。レーシェルが放った岩塊が火口の外の山の斜面にでも落ちた音だと思われる。
あれだけ大きな岩塊だ。そのくらいの音が響いて来ても別におかしな事ではない。しかし、届いてきたのはその音だけではなかった。岩の落ちる鈍い大きな音の中に、何か動物の雄叫びか悲鳴のような甲高い声が混じっているのが聞こえた様な気がしたのだ。
その瞬間、レーシェルの身体に緊張が走った。
急いで上を仰ぎ見るが、そこには何の変化も見られない。それはまあそうだろう。レーシェルは火口の中に影響が出ない様計算して岩塊を放ったはずなのだ。火口の中にぶつけるようなへまなどしていない。
という事は、その声の主がいるのは火口の外にいる事になる。このタイミングでそんなに近くまで来ているヤツなど、海竜意外に考えられない。
レンドローブ達が外で戦ってくれているとはいえ、彼等はどんなに頑張っても三カ所に分かれてしか戦う事が出来ない訳で、そのすき間を縫って来るモノがある事は初めから想定されていた。そういう輩がもうすぐそこまで迫っていたものと考えられる。
その海竜の目の前に、突然、大きな岩の塊が落ちて来て、それに驚き声を上げた、とでも言う所だろうか。もしかしたら少しくらいは岩塊が掠ったりしたのかもしれない。もしぶつかっていれば、多少なりともダメージを負っているかもしれないので有難いが、さすがにそんなに都合の良いようには考えない方がいいだろう。
が、いずれにしても、すぐに火口の上から姿を現すはずだ。
レーシェルは上を見上げた体勢のまま、魔法を発動できる様準備して身構えた。さすがに穴の中を荒らさずに戦うのは難しそうなので、ある程度岩棚を崩してしまう事は覚悟しておかなければならない。ワイカレスには後で謝らなければならないだろう。
等と考えながら待ち構えていたレーシェルだったが、海竜はなかなか姿を現さなかった。とはいえ、だからと言ってまだ油断する訳には行かない。レーシェルはしばらくそのままの姿勢のまま海竜が姿を現すのを待った。
しかし、しばらく待っても海竜は姿を現さなかった。
と、少しして、突然、雛鳥達がざわつき始めた。何を騒いでいるのか気になったものの、さすがに今は、上から視線を外す訳にはいかない。なので、引き続き全神経を上に向けていると、いきなり何者かに襟首をグッと掴まれ、レーシェルは思いっきり後ろに引き倒された。
仰向けにされ、引きずられるような格好になりながら自らの状況を確認すると、襟がアルの嘴に挟まれている。その襟をアルが必死の形相で引っ張って、レーシェルの身体を岩棚の奥の方へと引きずって行っている。
「ちょ、ちょっと、アル。何する…」
レーシェルはアルにクレームを付けようとしたのだが、しかし、それを最後まで言う事は出来なかった。その前に、レーシェルがついさっきまでいた場所に、大きな音を立てて青白い光の束が突き刺さったからだ。
アルがレーシェルの身体を移動させなければ、レーシェルの身体はあの光に貫かれていたはずだ。
レーシェルはこの光に見覚えが有った。これは…海竜の口から放たれる光の槍だ。
が、同時にレーシェルは少々混乱してしまっていた。なぜなら、レーシェルは直前まで上に意識を集中させていた訳で、少なくともそこに攻撃を仕掛けてくるような輩は存在していなかったからだ。充分集中していたはずなので、見逃す事など考えられない。
にもかかわらず、実際、攻撃されている。違和感があるとしか言いようがない。
が、次の瞬間、レーシェルは自らのミスに気が付いた。レーシェルは火口に降りる前、それまで手に握っていた緋玉を懐に仕舞っていたのだ。
海竜が幻術を使うというのはわかっていた事だ。なのでレンドローブの背中に乗っている時から、ヨンフリーは幻術を解除する魔法を使っていた訳だし、レーシェルもずっと緋玉を握っていた。
だが、この穴に降りる時、魔法を使うために緋玉を一旦仕舞い、そして、その後ずっと仕舞った事を忘れていたのだ。
レーシェルは急いで懐から緋玉を取り出すと、すぐに左手で握りしめた。左手に握ったのは魔法を撃つのに右手を使うつもりだからだ。その上で急いで火口を見上げてみる。すると…、
いた、海竜だ。
大きい…が、大きさからして、どうやら親ではなく子供の中の一体らしい。親海竜はレンドローブが対応しているはずなので、良く考えれば当たり前だ。
恐らくはヨンフリーやワイカレスが他の海竜と戦っている隙をついて島に取りついた一体なのだろう。この狩りが一族総出の狩りだという証拠でもある。
そこまでして雛鳥を狙う理由はわからないが、とにかくここは雛鳥達を守らなければならない。
レーシェルは立ち上がると、アルとアルのすぐ隣に居たクースの背中を押して岩棚の付け根の方へと追いやった。
「ありがとうアル、あなたのおかげで助かったわ。でももう心配しないで、今度は私があなた達の事を守る番よ」
ここで雛達を殺られてしまっては、トキトの元へと飛んで行きたかったのを後回しにしてまで、わざわざ遠回りしてこの島まで来た意味がない。
レーシェルは、ギャーギャーと騒ぎ立てる二羽の雛鳥をその場に残し、先の部分が崩れて無くなった岩棚の、歩いて行けるギリギリの端まで進み出ると、狙いを定めるべく海竜の姿を改めて見上げた。




