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回転寿司

作者: lemon no heya

魚市場の朝は早い。富山湾から水揚げされたばかりの魚を仕入れるために、夫の洋平は夜明け前に家を出る。今朝も温かい牛乳を一杯飲んで、若い従業員と共に新湊魚市場へ向かうのを、琴子は家の前で見送った。 回転寿司店『大漁まつり寿司』を営む洋平の一日は、魚の競りから始まる。魚の良し悪しが売り上げに直結するので、彼は仕入れを真剣勝負だという。

 四、五月の富山湾は、ホタルイカ、シロエビ、サヨリ、真鯛などが旬である。旬の魚は味が上等なのはもちろん、色も美しい。ゴールデンウイークは新鮮なネタを求める客で、洋平の店は大盛況だった。 

新湊市は洋平の故郷である。琴子がこの地に住んでかれこれ二十五年になる。嫁ぐとき、漁師町だから気質が荒いのではないだろうか、義父母とうまく暮らせるだろうかと不安があったが杞憂で、人々はみな素朴で温かかった。

 洋平の父親は漁師だった。小さな船に乗り、未明の暗い海へ漁に出かけた。しかし、漁は天候に左右され、燃料費の高騰や船の修繕費がかさみ、経済的には楽ではなかったらしい。零細な漁業の現状を見ていたので、洋平は漁師になるつもりはなく、東京の大学の経済学部に進んだ。銀行員になろうと思ったというが、アルバイトは主に築地市場だった。魚の鮮度を見極める目は門前の小僧で、そのうち商売をしたいと思うようになった。   

 琴子と知り合ったころは水産仲卸問屋に就職していた。東京で一人暮らしを始めた琴子の、ワンルームアパートの隣の部屋に洋平は住んでいた。洋平は骨太でがっしりしていたが、体に不似合いな童顔でいつも薄着だった。のちに知ったのだが、印刷会社に勤めていた琴子より三歳年下だった。廊下で会釈する程度だったが、洋平が風邪を引いて、夜遅く風邪薬がないかと訊きにきてから、口をきくようになった。都会の一人暮らしで、病気になると心細いものだ。それ以来、なんとなく隣人が気になった。

洋平が富山県の新湊市出身だと知って、故郷が金沢の琴子は親近感を覚えた。それからは惣菜や故郷から届いた菓子を裾分けするようになった。洋平は新湊の干物やかまぼこを持ってきた。あるとき洋平が、

「いつか富山に戻って回転寿司の店をやりたい」

 と夢を語った。

「高級な握り寿司が安く食べられ、家族で贅沢感を味わえる回転寿司は、これから絶対発展する」

と自信満々に言う。人々に喜びを与えるのだという大きな夢を持っている洋平が、このときばかりは頼もしく見えた。

 東京でも回転寿司が徐々に増えてきたころだった。一九五八年ごろ大阪で始まった回転寿司は、一九七〇年代半ばから都会で普及し全国に広がった。寿司のベルトコンベアーはほとんどが石川県の会社が製造していると知り、洋平が夢をかなえるとき、琴子もなにか力になれることがあるかもしれないと漠然と思った。

洋平が働く水産仲卸問屋は、東京、神奈川を中心に回転寿司チェーン『寿司王』を展開していた。琴子の誕生日に洋平が『寿司王』へ連れて行ってくれたことがあった。五十席余りの客席は満席で、客の前のベルトコンベアーに小皿に盛られた握り寿司がカタコトと回っていた。カウンターの中に寿司を握る職人が三人、握りたての寿司を並べたり、客の注文を受けたりしていた。卵焼きや海苔巻もある。一皿百円で、支払いを気にせずに食べることが出来る。客たちはおいしそうに頬張り、満足そうだった。幸せな光景を見て心に温かいものが広がった。初めてきた回転寿司店に琴子は感動した。

「おいしい! お酒を出さないから家族連れも安心してこられる、いいお店ですね」

「うん。富山にもこんな店、早く作りたいよ」

 洋平は琴子の好きなアナゴやイカを取ってくれた。

「洋平、紹介してくれ」

 野太い声に振り向くと、「あっ、社長」と洋平が立ち上がった。琴子を紹介すると、

「よく来てくれたね、琴子さんのことは聞いています。これからもこいつのこと、よろしく頼みます」

「寿司王」の社長が琴子の手を握った。大きくて厚い掌だった。

 社長の下で、洋平は五年間回転寿司の経営を学んだ。故郷へ帰り、出店の準備をすることになったとき、琴子は結婚を申し込まれた。弟みたいな存在とはいえ、プロポーズは嬉しかったが、琴子には承諾できない事情があった。

「言ってなかったけど私ね、離婚の経験があるんです。一歳の子どもを置いてきたの。子供に申し訳なくて再婚なんて考えていません。それに年上だし、貴方にはふさわしくないと思う。ごめんなさい」

 うつむく琴子を、洋平は黙って見ていたが、やがて小さな声で聴いた。

「子どもは女の子?」

「男の子です」

「嫌なこと思い出させるけど、離婚のいきさつ聞いてもいいかい」

「いつか、……話す勇気が出た時に」

 子供の話をしたのは、それから一年後のことだった。

 

 昔のことを思い出していると、携帯が鳴った。洋平からだった。

「いい魚を仕入れたよ。今から高岡店へ行って、昼前に富山へいく。あんたの予定は?」

「お疲れ様、昼から高岡店で先月の支払いの計算をする予定です。富山へ行ったら鮎美に会うよね」

 娘の鮎美は結婚して富山店を手伝っていた。富山店は十八年前にオープンした。

「ああ、なにかことづてある?」

「来週、富山店の帳簿を持って来るように伝えて。運転、気をつけてね」

 洋平はこまめに携帯に掛けてくるので、いつもそばにいるような気がする。夫婦間に隙間が出来ないように、笑わせたり、喜ばせたり、大切にしてくれる。

 さてと、こんないい日を無駄にはできない。午後から出かけるから、夕食の準備もしておくつもりだ。拭き掃除を終えると、窓から先ほど干した洗濯物が春風に揺れているのが見えた。

 降り注ぐ光が、建物や庭木や道路や電信柱まで包んでいる。朝の光は植物に一番いいというが、人間にとってもいいものだ。六十歳の琴子も二十歳は若返った気分になる。

 玄関のチャイムがなった。宅配便の配達だろうかと、玄関を開けた。扉の前に三十代半ばぐらいの青年がいた。不意を突かれて、思わずどちら様と訊いた。

「東京から来ました、脇坂です」

 脇坂と名乗った青年は、中肉中背で紺の背広を着ていた。逆光のため最初は顔が識別できなかったが、目が慣れてくると以前に会ったことがあるような気がした。琴子の亡くなった父親と面差しが似ているのだった。福耳と目元が父の若い頃を彷彿とさせた。琴子は青年を見上げた。

「康志ちゃん?」

忘れたことのない息子の名前が喉からこぼれるように出てきた。青年は小さく頷いて、笑みを浮かべた。しかし、そのまま固まったような琴子に、

「すみません。本当は家だけ見て帰るつもりだったのですが、洗濯物が干してあったので、ご在宅かなと、インターフォンを押してしまいました。あのう、突然うかがってご迷惑でしたか」

 申し訳なさそうに顔色を窺った。物静かで見るからに優しそうだが、どこか淋しそうな印象だった。思いもしない再会に琴子はたじろいだ。揺らぐ気持ちを隠すように口元を引き締め、平静さを装った。

「いいえ、大丈夫です。玄関先でなんですから、どうぞ上がってください」

 スリッパを揃えた。居間へ通し、ソファを勧めた。明るい部屋は康志を映画の主人公のように浮かび上がらせた。向かい合って座わると、嬉しいとは程遠い、辛くて切ない思いがせり上がってきた。面接試験のように緊張していた。

 琴子が最初の結婚に失敗し、よちよち歩きの息子を婚家に渡したのは三十数年前の秋のことだった。その息子が、今自分の前にいるが、なにかの間違いではないかと思う。   

 別れた息子と、こんな形で会いたくはなかった。引き取ることが叶わず、婚家に置いてきた息子だったから、恨まれても仕方がない。康志に対して詫びの言葉すら見つからなかった。脇坂の祖父母や父に可愛がられ幸せなら、琴子の出る幕はないはずだから、二度と会はないと決めていた。それなのに康志が突然会いに来たのである。自然に目が潤んできた。どんな顔をしたらいいのか分からないまま、

「コーヒーを淹れましょうか。ちょっと待ってね」

 と琴子はキッチンへ立った。

 湯沸かし器で湯を沸かし、冷蔵庫からイチゴを出して皿に盛った。康志は窮屈そうに心持ち俯いて座っていたが、飾り棚の写真に目をやった。琴子夫婦と娘の鮎美の家族写真だった。


 琴子と康志の父、脇坂とは見合い結婚だった。

 琴子の両親は金沢の寺町で、主に茶道具を扱う新古美術品店を営んでいた。商売柄、茶道教授たちとの付き合いが広かった。親しい茶道教授の一人が脇坂の写真と釣り書を持ってきて、見合いを勧めた。短大を卒業したばかりだった琴子にとって初めての縁談で、興味津々で写真を覗き込んだ。

「脇坂家のご先祖は加賀藩の家臣で、由緒ある家柄ながですよ。息子さんは京大を出てドイツに留学され、今春から新潟の大学で教鞭を執られることになっています。優秀な方ですよ。三十歳なのでお母様が結婚を急いでおられるがです」

 写真の脇坂は瓜実顔で眉が濃く、気品があった。まるでお公家さんみたいと思った。母は信頼する茶道教授の紹介なのと、学歴や写真を見て乗り気になった。親と別居なのも気に入ったようだった。

琴子はそれまで異性と付き合ったことがなかった。理想の男性は東京の叔父、光成だった。光成は母の六人姉弟の末弟である。母の十五歳下で、琴子より九歳年上の兄のような存在だった。ゴルフや登山を愛し、酒の場を楽しくする人だった。初めて登山やスナックへ連れて行ってくれたのも光成だった。脇坂が光成と同い年だったので、琴子は光成と脇坂を重ねて関心を抱き、見合いをしてみようかと思った。


 お湯が沸いたので、コーヒーを淹れた。いい香りが部屋中に広がり、会話の糸口が見つかった。

「砂糖は入れますか」

「いいえ、ブラックで」

「赤ちゃんのころイチゴミルクが好きだったけど、今も好き?」

 康志はコーヒーカップを持ち、静かに頷いた。

 どうしてここが分かったのだろう。なぜ急に訪ねてきたのか、今どこに住み、どんな仕事をしているのか、聞きたいことがたくさんあった。しかし、長年離れていた息子とは距離があった。

「昨日、金沢で祖母の七回忌法要があったので、帰りに途中下車しました。新湊は初めてです」

「お祖母さんの七回忌ですか」

 琴子にとってはかつての姑にあたる政子である。

 彼女との初対面は見合いの席だった。あの日の政子は五十代半ば、今の琴子より若かった。脇坂母子と琴子母子は駅前のホテルで会った。着物が似合う、背筋の伸びた人だった。政子の話しぶりから、なにより家の格式を重んじる人だと分かった。しかし、威圧的ではなく、むしろ気さくな人だった。脇坂は母親の話を静かに聞いていた。

 琴子はお祭りや芸事が好きなお転婆だった。三味線や太鼓の音が聞こえると飛び出して行く。小学三年から琴を習い、高校は弓道部だった。活動的な自分と、立派な家柄で学者タイプの脇坂とは、まるで釣り合わないと思ったので、母にうまく断って欲しいと頼んだ。

 だが、明るく活発なところを政子が先に気にいったそうだ。脇坂家から再度結婚の申し込みがあり、数回会った。会う度に、ドイツのことを話してくれた。

「ライン川の堤には葡萄の段々畑が連なっていて、ドイツワインの有名な醸造所があるんですよ。ライン川を下ると、両側にいくつもの古い城が見えます。お城にはそれぞれ伝説があって、おもしろいです。川幅の一番狭いところに、ローレライの像が立っているのですが、ローレライは可憐な乙女ではなく、実は妖婦で、船乗りを惑わせ遭難させたそうです」

 留学していたハイデルベルグ大学のすばらしさを熱っぽく語り、菜の花が絨毯のように美しい、ミュンヘンの春を教えてくれた。景色が目に浮かんだ。

「家にビデオや写真があるから、遊びに来ませんか。知り合いの大学教授が退職後、奥さんと毎年ドイツ旅行をしておられるのですよ。いつかいっしょに行きましょう」

 年取って、一緒にドイツを旅行したいと思った。父母や光成が「人柄はいいし生活は安定している。琴子には過ぎた相手だ」と後押しするので、結婚を承諾した。沖縄へ新婚旅行に行き、そのあとすぐに新潟で新生活を始めた。


「さっき東京と言われたけど、今は東京に住んでいるの?」

「はい。新幹線ができたので、金沢は近くなりましたが、葬儀のとき以来だったので、ずいぶん変わっていました」

「私の実家も金沢なのよ」

「住所はお母さんの卒業アルバムで知りました。グーグルで家を見ていたら、急に会ってみたくなったので……」

 お母さんと呼ばれ、切なくて鳥肌が立った。生涯、康志に呼ばれることはないと諦めていたから。

お母さんも(やっ)ちゃんのこと忘れたことなかったよ。幼稚園に上がるとき、一年生になったとき、中学生になったとき、いつも気になっていた。でも父さんや義母さんやお祖母ちゃんに可愛がられているだろうから、あなたの幸せを祈るだけだった、と心の中で呟いた。

「新潟にはいつまでいたの」

「六年生までです。父の転勤で宮城県へいき、大学は東京で、それからずっと一人暮らしです」

「ずっと、一人ですか。新潟市はとても風の強い街だったね。冷たい風が駅裏の自転車をなぎ倒していた。金沢とは比較にならないくらい寒いところ」

 琴子は遥か彼方を見るように言った。

 友達も知り合いもいない新潟の街は、体だけでなく心の芯まで寒かった。ほどなく琴子は妊娠して翌年の五月に康志が生まれた。金沢へ帰る予定だったのに、早産のため新潟市の病院で出産した。

「あなたは二千四百三十グラムで、未熟児すれすれだったがよ。小さくて壊れそうだった」

それでも琴子は幸せだった。

「夜になるとよく泣く子だったから、お父さんを起こさないように、一晩中抱っこしたり、おんぶしたりしとったんよ。熱が出たときやお腹をこわしたときは、すごく心配でご飯がのどを通らんかったわ」

 食欲不振に不眠が重なって、琴子から次第に笑顔が消えていった。

「泣いてばかりいるからお医者さんへ連れて行ったけど、病気ではなくて癇の強い赤ちゃんだったのね。それで、お父さんがしばらく金沢へ帰って、お母さんに助けてもらえと言われたがよ」

 金沢から迎えに来た母は、痩せて無気力な琴子を見て驚いた。はじけるように元気だった娘が別人のようだったからだ。

「金沢へ帰って掛かりつけの医者にいったら、軽いうつ病だと言われたんよ。環境の変化や育児がストレスになって、不眠や情緒不安定になっとっがやね。ゆっくり休んで、気力が回復するのを待つことにしたんよ」

 医師は精神安定剤を出してくれた。

「なんも心配せんと、のんびりしまし。大丈夫や」

 母は包み込むように言った。しっかり回復するまで新潟へ戻すことはできないとも言った。

 金沢は知り合いの多い街である。いつまでも実家にいる琴子に離婚の噂がたっていると、友達が知らせてくれた。琴子は結婚を甘く見ていたと思った。結婚とは配偶者に依存するのではなく、二人で家庭を築いていくものなのだ。自分の足でしっかり立ち、妻として家族に責任を持たなければならないものなのだ。しかし、若い琴子は、実際どうしたらいいのか分からなかった。その上自覚もないまま母親になり、情緒不安定になり、まわり中に迷惑をかけている。親になる資格はなかったと落ち込み、康志のことを思うと心が壊れそうだった。

 体調はいい日もあったが睡眠薬を手放せなかった。

「あなたが一歳四カ月になるころまで金沢いたから、お祖母さんから離婚の打診があったのよ。離婚は待ってほしいと頼んだけど、親元でゆっくり体を治して下さい。康志は後継ぎだし、うちで引き取りますと言われて。ずっと実家に帰っている嫁は体裁が悪かったんだろうね」

 脇坂も承諾していると聞き、冷たいなと淋しく思った。康志はよちよち歩きが上手になり、「まんま」「じーじー」と片言を話し始めた可愛いころだった。絶対手放したくなかったが、この状態では育てられない、と母が反対したのだ。

「康ちゃんは可愛いけど、脇坂さんに任せよう。幸い政子さんになついているし。あんた、まだ二十四歳ながやし。今は病気を早く治すことだけ考えまし」

 泣きながらそう言った母もつらかったに違いない。


 重い扉を開くように、康志が口を開いた。

「お母さんはどんな人なのか、ずっと気になっていました。記憶も写真もないので……」

「ごめんね、恨んだでしょう」

 康志は困ったような顔をして、琴子の顔を見ようとしなかった。

「私が至らなかったせいで、康ちゃんに淋しい思いをさせたわねぇ」

 もし康志が母親に捨てられたと思っていたら、こんな悲しいことはない。

「お父さんは協力してくれなかったのですか」

「お父さんも新米の父親だったから、どうすべきか知らなかったと思う。自分の研究のことで頭がいっぱいだったがよ。お父さんは悪くないです」

 そこまで言うと、琴子にふと離婚したときの感情が蘇った。脇坂にとって妻は誰でもよかったのかも知れない。だから、病気の妻とあっさり離婚できたのだと思う。そのことは康志には言えなかった。

「今考えると若くて世間知らずだった。金沢にいると子供のことが忘れられないから、東京の叔父の家に身を寄せてデザイン学校に通ったの。浅草寺界隈は一年中お祭りみたいなところでね。三社祭に朝顔市、風鈴市、羽子板市。紫陽花まつりや菊まつりもあった。賑やかなことが好きな質だから、少しは忘れられるかと思ったけど、あなたを失った痛みは簡単に消えるものじゃなかった。叔父の仲間たちと登山へ行ったりしている内に、少しずつ元気を取り戻したがよ。……今度はあなたのこと聞かせて」

「祖母の口ぶりでは、父が再婚したのは、僕のためらしいです。新しい母は僕に気を遣っているのが分かりました。でも、弟が生まれると、母は僕に関心が無くなった。それだけです」

 凍った錐みたいなものが琴子の心に突き刺さった。家族の団らんに溶け込めない少年の面影が浮かんだ。ふいに琴子の目から熱い涙が溢れた。康志の辛くて淋しかった少年時代を想像すると、胸の奥底に沈めていた感情がどっと溢れ出た。両手に顔を埋め、声を殺して泣いた。泣き顔を隠そうとしたが、涙はなかなか止まらなかった。ただ、ごめんなさい、ごめんなさいと心で詫びていた。康志がティッシュを取ってくれた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を見て康志はどう思っただろう。涙を拭くと、あたりの空気が少し和んでいた。

 風のたよりで、康志は国立大学を出たと聞いていた。

「お仕事は?」

「うまくいかなくて、転職ばかりして、今はコンビニの店員です」

「コンビニも大変でしょう。夜間勤務もあるがやろう?」

 康志は不本意だろうが、健康でいてくれればそれだけでいい。康志がいままで幸せと感じたことはどれくらいあったのかが、気にかかった。

「来週、康ちゃんの誕生日やね」

「はい、覚えていてくれたんですね。……感激だなぁ」

 琴子は頷いた。忘れたことはなかった。中学に上がるまでは、密かにプレゼントを用意していた。

「時間があれば、早いけど今日お祝いしない?」

「お祝いですか」

 康志の顔にやっと笑みが浮かんだ。

「ええ、一緒に行きたいところがあるの」

「時間は大丈夫です。ちょっと、トイレお借りしてもいいですか」

 康志がトイレに行った間に、琴子は洋平の携帯にかけた。

「これからお客様を連れて行くから、待っていて」

「客って誰?」

「とっても大事な人」

「あんたにとって、とっても大事な人は俺だろう」

「あなたと同じくらい大事な人よ」

 と笑って琴子は携帯を切った。

 若草色のブラウスに着替え、戸締りをして、駐車場の軽四車を玄関前に寄せた。向いの家の奥さんが、「いいお天気やね。お出かけですか」と声をかけた。

 康志を助手席に乗せ、海に向かって走らせた。間もなく前方に、康志に見せたかった白い羽根を広げたような新湊大橋が見えてきた。大橋を渡っていくと、海王丸が見えた。澄んだ青い空と海の色が同じで、海と空は遥か彼方で一つになり霞んでいた。

「空が青いと海も青いの、知っていた?」

「考えたことなかったです」

 康志が青空でなければ、琴子の海も青くなれないのだ。疲れたらこの空の色を思い出してほしい。新湊の母さんが見上げている青空を。

「さっき家で写真を見たでしょう。私が再婚したのは三十歳のときです。その頃、夫が商売を始めたんだけど、もう苦労の連続でね。今から行くところは、夫と二人で始めたお店ながよ。二十分ぐらいで着くわ」

「どんなお店か楽しみです」

 康志は深く訊かなかった。これから行く回転寿司は食べると誰でも幸せになれる店なのよ。琴子はそう信じている。


 バブル崩壊の二、三年前のことだった。回転寿司店をやりたいという洋平に、琴子の父が訊いた。

「どんな店にしたいと思うとるがや」

「安くて、おいしくて、清潔な店です。食べた人が幸せになれる店です」

「ふーん、理想のイメージだな。商売は利益を出せるかどうかが問題だ。先ず立地条件、広い敷地もいるだろう。店が広いと従業員の数もいる。君はいくら資金を持っているのか知らんが、銀行からどれだけ借りられると思うかね」

 父の問いに洋平は答えられなかった。

「大型商業施設の中でやるのも一つの方法だ。安くて新鮮な魚を揃えられるかも重要だ。従業員の数を抑えるには家族の協力が欠かせない。昔から家族でやっている店は簡単には潰れないものだ。どれだけ仕入れ、どれだけ客を呼べるか、利益率と銀行への返済可能額をしっかり計算して見なさい」

 洋平は神妙に訊いていた。バブル時代は銀行の金利が高く、土地の値段は右肩上がりだった。世の中が浮かれているときに、高利の借金をして商売を始めるのはギャンブルのようなものだ。洋平は水産仲卸業をしながら時期を待つことにした。

 琴子の両親は昭和四十年代から、金沢の郊外に少しずつ土地を買い続けていた。田畑を継ぐ者がいない懇意の農家から頼まれてのことだった。そこに郊外型の大型ショッピングセンターが建つことになった。父の土地を借りたいと打診があったのだ。そのセンターの一画に、回転寿司の店を出してはどうかと、父が提案した。願ってもない場所だった。保証金は父が肩替わりしてくれた。店の内装費用は貯金と半分は借入で都合した。借入は新湊の実家の土地建物を担保にした。客席数は三十五席と少なくし、従業員は洋平と寿司職人一人、洋平の姉と妹と琴子の五人で、人件費を極力抑えた。洋平は毎月上京し、『寿司王』の社長に相談した。初めは『寿司王』のチェーン店とし、寿司職人を派遣してもらえたのも社長の好意だった。

 バブルの間、店は大繁盛した。琴子たちは寝る間も惜しんで働いた。新湊の義父や金沢の父母に出資してもらったので、絶対失敗は許されなかった。毎日が闘いで、もう限界だと思うと、洋平は、

「だいじな琴子にこんな苦労をかけて、ごめんな」

「琴子がいなかったら、絶対成功しなかった。琴子大明神さま!」

 と持ち上げて、柏手をうった。金沢店は軌道に乗り、客と銀行の信用を獲得することができた。その後バブルは弾け、いくつかの銀行や証券会社が倒産し、景気は冷えて行った。地価と金利が下がり始め、世の中の価値観が大きく変わっていった。その変化が、洋平にチャンスをもたらし、念願の故郷に出店することとなった。


 高岡市内は車が多かったので、予定より時間がかかった。駅南の瑞龍寺の近くに高岡店はあった。瑞龍寺は国宝に指定され、トイレの神様で有名になったので、最近観光客が増えている。すぐに、『大漁まつり寿司』の大きな看板が見えてきた。店舗は入母屋風の和風建築だ。八割ほど埋まっている駐車場に車を停めた。

「ここです。どうぞ、入ってください」

「回転寿司ですね」

 康志が看板を見上げて言った。

 入口の自動扉が開くと、「いらっしゃいませ」と従業員が声を揃えて琴子たちを迎えた。サラリーマンや中年女性のグループが、談笑しながら箸を動かしていた。昼の限定ランチが好評で、有難いことに昼間も繁盛している。

「みなさんご苦労様です。今日はこの人の誕生祝いなの。おいしいのをお願いしますね」

 従業員をねぎらい、奥の席に並んで座った。

「どれもおいしいですよ」

 後ろから洋平の声がした。気分がいい時の声だった。

「こちらは東京からいらっしゃった脇坂康志さんです」

 康志が立って頭を下げた。

「よく来てくれましたね。琴子の夫です。これからも琴子のことをよろしくお願いします」

 分厚い右手を差し出し、康志の手を取った。康志は照れたように、左手で頭を掻き、「こちらこそ」と言った。洋平はすべてを分かっているようだ。

 かつて『寿司王』の社長が同じことを言ってくれた。良い人との出会いは人生を好転させるかもれない。琴子はみんなに感謝したい気持ちだった。

 シロエビやホタルイカの寿司が流れてきた。バイ貝や鯛もある。琴子は小皿と割り箸を康志の前に並べ、おしぼりを勧めながら言った。

「さあ、たくさん食べましよう。あとからケーキもありますよ」

 康志の目が潤んだように光った。

                    了


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[良い点] テンポが素晴らしいです。映画のシーンを見ているように流れて引き込まれます。
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