高校生、過ちを認める
「まぁ、座れよ」
カヨシに促されてオサムはざぶとんの上に力なく座り込んだ。体育座りでうつむき地面を眺めた。
「いくら残ってる?」
「25万円」
「結構いったな。1週間半でそこまで減らしたってことはボラが激しい奴を触ったんだな。」
「ボラ?」
「ボラティリティ。まぁ、変動幅の大きい奴ってことだな。」
「・・・・」
「当ててやろうか。最初はゲーム株を触っていたけど、それで損しただろ。」
当たっている。
「それで損を取り戻そうとやっきになってトレードを繰り返したんだろう。」
それも当たっている。
「そして更に損が増えたから、今度はボラが激しい、つまり変動の激しい銘柄に手を出して、1発あてて損を取り戻そうとしたんだろう。」
これもまた当たっている。
「どうせどっかのサイトでランキングを調べて、上昇ランキング、下落ランキングあたりを調べてそれを触ったんだろう。
そうだな・・・たぶん下落ランキングで大きく下落してる銘柄だろう。」
ドンピシャの正解である
「なんで・・・」
「なんで分かるかって?
それが典型的な負け組み個人投資家のやることだからだよ。
要はお前はそこらへんの典型的な負け組み個人投資家と同じことをしてるんだよ。
あの日放課後に家に来いって言ったのに来ないから、どうせ負けが混んでるんだろうなとは思ってたよ。バレバレだっつーの。」
オサムには返す言葉がなかった。が、急に怒りが沸いてきた。
「そこまでバレバレだったなら、そこまで僕がやることが分かっていたなら、教えてくれたっていいじゃない!
何もここまで大損するまで黙っておく必要はないんじゃないの!?」
もはや逆ギレである。自分でも見苦しいことをしていると分かっていた。
だがお金は4分の1まで減ってしまった。
見苦しくてもいい。誰かに怒りをぶつけたい気持ちだった。
「そうだな。黙っておく必要は無かったかもしれない。
でも最初から俺のアドバイスを聞いて、お前ちゃんと言うとおりに出来たか?」
「で、できたと思うよ・・・」
きっと素直に聞けたに違いないとオサムは思った。だがカヨシの考えは違っていた。
「できてねーだろうが。
お前は俺が放課後に家に来いって言ったのに、来なかっただろうが。
その時点でお前はアドバイスを素直に聞けてねーんだよ。
しょーもないプライドが邪魔してアドバイスを無視して、家に来なかったんだろうが。
嘘言ってんじゃねーよ。」
まさに正論だった。オサムの顔から怒りが消え、青ざめていく。
「いいか、お前にとって大事なのは何だ?
お前は好きな女の子の借金をどうにかしてやりたいんだろう。
そのためになんとしてでもお金を増やさなきゃいけない。
間違ってもお前の安いプライドを保つために株取引やってんじゃねーんだよ。分かるか。
お金を稼ぐこと、お前の資産を増やすこと、それが目的なんだよ。それ以外はこだわってもクソなんだよ。」
「そのとおりだよ・・・そのとおりだよ。でももういまさら遅いよ・・・」と言ったオサムは、うつむいてた涙を流す。悔しさの涙だったのか惨めさの涙だったのか、それら全てだったのかもしれない。
「1年で25万円を500万円にするなんてもう無理だよ。ゲームオーバーだよ。」
「そうだな。流石の俺でも1年で現物20倍は無理かもしれない。お前ならまず無理だ。ゲームオーバーだな。」
「・・・・」
「とはいえ、終わったことは悔やんでも仕方が無い。今から増やせるだけ増やそう。最後まで諦めるな。
とりあえずそこのパソコンからログインしてみろよ。」
オサムは言われたとおり、パソコンにIDとパスワードを入力する。
「おい、ちょっと待て」とカヨシがいう。
ログインボタンを押そうとするオサムの手が止まる。
「おかしいな」
カヨシは困った顔をしている。
「オサム、なぜ俺の口座にログインしようとする?」
「え?」
「それは俺の口座のIDなんだが。」
「どういう意味? これ教えてもらったログインID/PASSだけど。」
「いやいや、お前がログインしようとしているのは俺のID/PASSだな。
ちょうどお前が口座を作ったタイミングで、俺も同じ証券会社に口座を作ったんだよな。
まさか俺としたことが、間違えたIDをお前に教えてしまっていたとはな・・・・。」
そう言って、カヨシは別のIDとPASSをオサムに手渡す。
「正しいID/PASSでログインしてみてくれるか。」
指示を受けてログインしてみると、そこには95万円の入った口座が表示されている。
「これは・・・」
「どうやら俺たちはIDを間違えていたらしい。お互いのIDを間違えて使っていたようだ。これは不幸な事故だな。
送られてきた口座のきちんとした確認を怠ったせいで、入れ替わったIDでログインしていたことに気づけなかったんだ。
あぁ、なんていうことだ。これは不幸な事故だな。」
「おじさん、もしかして、こうなることを・・・」
口座の開設はカヨシに全て任せていた。何も考えずにカヨシに言われるがまま書類にサインをしていった。
そして、口座が開設された後も、カヨシからは「取引以外のページにはアクセするな」とキツク注意を受けていた。
「ああ、これは不幸な事故だな。お前は俺のお金を75万溶かし、俺はお前のお金を5万円溶かしてしまった。
お互いに損をしてしまった。いやあ、不幸な事故だ。
お互いに間違えて口座を操作していたんだから、過失は問えないな。」
「おじさん、ごめん・・・ありがとう」
オサムは思わずカヨシに抱きついていた。
「気持ち悪いから離れてくれ。」
オサムが女子高生なら・・・と心底残念そうな顔をするカヨシ。
「いつになるか分からないけど、差額の70万円は返します。」
「これは事故だ。返す必要はない。」
「事故でも僕はきちんと返したい。今すぐは無理でも来年からまたバイトを続けてでも。」
「俺は気にしないし、俺にとっては大した意味のない金額だが、お前が自分の生き方を貫くならそれでもいいさ。大人になって自分の手で稼いだお金で返してくれ。学生から受け取りたくはない。とりあえず今日は家に帰れ。明日の放課後、もう1度家に来い。それまでは取引をするな。この1週間半のことを振り返ってみろ。自分が何を考えて取引していたか、何を感じていたか、それが大事だ。分かったら帰れ。」
「おじさん、ありがとう」
「気にするな」
カヨシが2階の窓から外を眺めると、カヨシに向かって嬉しそうに手を振るオサムの姿が見えた。
「あの時お前が俺にしてくれたことに比べれば大した話じゃないさ。頑張れよオサム。」
その日、オサムは1週間ぶり気持ちよく熟睡した。株で大きな損失を出して苦悩する男性に公園で出会うどこか懐かしい夢を見たが、朝にはすっかり忘れていた。
【資産】25万円 -> 95万円
ポイント
・過ちを認められるなら、いつでも負け組から勝ち組に転じることは可能です
・しかし大半の人は自分の過ちを認めることが出来ません。(自分の自尊心を傷つけてしまうため)
・自分の自尊心を否定して間違いに気付ける人は優秀な人間です
・焦って短期売買せず、落ち着いて中長期的な売買をすれば、失ったお金を再び元に戻すことは可能です