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高校生ゲーマー、投資家を目指す  作者: 個人投資家
2/17

高校生、お金を貯める

「はぁ、ようやく貯めたぞ。100万円」


自室の机に座り通帳を眺める男がいる。


佐藤オサム、16歳。どこにでもいる普通の高校生2年生である。


コレといった特徴のあるわけではないが、人よりは少し正義感と勇気のある男である。

そして、ゲームが上手い。特に中学生の頃からプレイしているRoad Of Roguesでは上位1%に入るほどの腕前である。


「今年はついに見に行ける。RORの世界大会を。」


Road of Rogues、通称RORは世界規模で遊ばれているパソコンゲームである。Multiplayer online battle arena、略称 MOBAと呼ばれるジャンルに属するRORはプレイヤー人口が5000万人を超えると言われている。

そのRORは年に一度どこかの国で世界大会を行う。今年はロンドンだ。


世界大会を生で見てみたいと憧れていたオサムは、高校1年生から地道にバイトを続けていた。そして本日ついに旅費の目安である額に到達した。通帳には0が6つ並んで印字されている。


思えばこの1年様々なことがあった。

バイトでトラブルに巻き込まれたり、学校内のイジメを救うために学園生活をかけたゲーム勝負をしたり、自由が好きなオサムにとっては面倒な一年であった。


これからは何者にも束縛されず、残りの高校生活を満喫するだけだ、そして世界大会を見る。オサムはこれからやってくる何者にも縛られない自由に心が踊っていた。

何をすればよいだろう。彼の心の中は楽しみでいっぱいだった。


翌日学校へ登校しても、笑顔は続いていた。

もはや彼の笑顔を消すものなど存在しない。そう思っていた。だが現実は違った。


「さっさと返してもらおうか。俺の金を。」


クラスメートの井上カネオだ。このクラス一の金持ちにして、クラス一下品な男。出来れば奴の声は聞きたくない。

井上の大きな声でクラスメート全員が振り向く中、オサムは意図的に見ないように無視していた。


「う、うん。その話は後で・・・」


だが、聞き覚えのある声を聞き、オサムは思わず振り返った。

それはオサムが好意を寄せている葉月サクラであった。


まさか葉月さんが井上にお金を借りているだって。


なぜ?


もしかして二人は付き合っているのか。


オサムの頭の中にいろんな考えが駆け巡った。手のひらに汗がにじみでる。


「ダメだね。今、俺が話をしたいと言っているんだ。」と拒否する井上。


どうやら井上はクラスメート全員に意図的に話を聞かせたいらしい。

お金を借りている側であるサクラは立場が弱い。断る権利はないように見える。


「親父さんに貸した500万円、さっさと返してもらおう。」


「そんな大金、今すぐは無理です。約束では卒業まで待ってもらえるという話じゃ・・・。」


「あぁ、そうだっけ?」


「借用書には来年の3月まで待ってもらえると書いてあります。それまで待ってください。」


井上は分かった上で聞いているように思えた。


「で、アテはあるのか。」


「それは・・・。」


サクラはうつむいた。


「まぁ、それまでは待つとするか。だがな、来年の3月までに返せなきゃ分かってるだろうな。お前、俺の女になれよ。お前の処女は俺がもらってやるよ。」


クラスメートの前で恥をかかされるサクラ。顔は赤面し、目には涙を浮かべている。


「いいかお前ら。葉月は来年の3月に俺の女になる予定だ。誰も手だすんじゃねーぞ。」


どうやら"このやり取り"が井上の目的だったらしい。


サクラはキレイな顔立ちをしていたが、同じクラスメートの松本アオイほど垢抜けた美人というわけではない。

ただ、おとなしめで、控えめな行動が上品さを感じさせるタイプで、ひそかに彼女に好意を抱いている男子が学内に多数いる。


オサムがその一人である。

オサムとサクラは毎日同じバスに乗っている。お互い会話をすることはない。

だが、ある一件から、オサムは常に車内のサクラを意識するようになった。


オサムはサクラにひそかに想いを寄せていたが、自分には手の届かない女性だと認識していた。

自分は運動に秀でているわけでもないし、容姿も特に優れているわけでもない。

彼女と付き合えるだけの何かを持っているわけではない。

彼女のことを密かに好いているのは自分だけではなく、ライバルも多いだろうと感じていた。


せめて自分と付き合うことはなくても、せめて彼女が本当に好きな人と付き合ってほしい、それがオサムの願いであった。


先ほどの話を聞いてオサムはなんとかしてサクラを助けたいと思ったが、自分の手持ちの100万円では彼女を救えないと痛感していた。

サクラのことは好きだが、どうあがいても500万円は用意できない。それがオサムの率直な感想であった。

どうすることも出来ない自分がみじめであった。


どうすればお金を用意できるのかを考えているうちに、授業は終わり放課後になっていた。

帰宅部のオサムは、特にこれといった用事もないので帰路につこうとした。

だが下駄箱に見慣れないものがある。


「手紙・・・」


"話したいことがあります。放課後、体育館の裏に来てください"


女の子の筆跡、俗に言うラブレターである。


オサムは心臓が激しく鼓動するのを感じていた。


かつてここまでの緊張感を味わったことがあっただろうか。

大好きなゲームRORでのランキング昇格戦で、念願のダイアモンドTierに昇格できるかどうかを決める1試合を思い出す。あのときでもここまで心臓が激しく鼓動しただろうか。


オサムは手紙をかばんに隠すと、体育館裏へと向かう。初めは歩く歩調だったが、すぐに走り出していた。


「自分のことを好いてくれる女性がいたのか。それは誰だろう。」


体育館へ向かう途中、相手が誰なのかそればかりを考えていた。

松本アオイだったら誰もがうらやむ美女と付き合えることになる。

だが、アオイにはずっと一途に思い続ける相手がいることを知っている。これは現実的な線ではない。

となると、山田ヨウコだろうか。この前、落ちた消しゴムを拾ってあげるときに手が触れた。

その手が触れたことで男性として意識されてしまったか。

しかし彼女は好みのタイプではない。誤解させてしまったのならどうやって断ればよいだろう。

しかし実はイタズラの線もありえるな・・・。


思考が混乱するオサムであったが、心の奥底ではサクラを考えている。


だが、彼女が自分に告白するとは思えない。

聞けば、自分よりも背が高く、顔立ちも整い、スポーツ万能な吉田トオルから以前告白されたことがあるらしい。

彼女はそんな告白を断った。「好きな人がいる」という理由で。

そのときは彼女の隠れファンたちがずいぶん心を惑わされ、「実は自分かも知れない」と勘違いした数名が告白し、轟沈している。


オサムも内心は喜んでいたが、吉田透以上のスペックをもたない自分を好きなわけがないと諦めていた。

そして逃げるようにRORとバイトに打ち込み、考えないようにしていた。


そして今しがたサクラの線は無いと確信した。


体育館裏へ向かう途中、談笑する松本アオイと葉月サクラの横を通り過ぎたからだ。アオイやサクラであれば、あの場で話しているはずがない。


心臓が落ち着きを取り戻し始める。やはり山田ヨウコだろうか。いや、むしろ去年に起きたイジメ事件の主犯格の奴らのいたずらかもしれない。オサムの鼓動はもはや正常時の早さに戻っていた。


体育館裏に到着したオサムは周囲を確認する。

そこには誰もいない。


「やっぱりイタズラか・・・そうだよな。自分なんかありえないよな。」


がっかりとした反面、ほっとするオサム。


「帰るか・・・」


キザな男のように目を瞑り、フッと笑いながら元来た道を引き返す。


ドンッ


振り向きざまにふいに誰かとぶつかる。


「あっ」


「ん?」


目を開けるとそこには息を切らした女性がいる。葉月サクラだ。


「あれ、葉月さん、どうしてここに?」と驚くオサム。


「もしかして俺何か落とした?」と聞いてみる。


「ううん」


「あ、もしかして俺何か当番を忘れてる?」とも聞いてみる。だが今日は掃除当番ではなかったはずだ。


「ううん、ちがうの。」


じゃあ、いったいなんだ。オサムは首をひねったが、まったく何も思いつかない。

ということは、自分に用事ではなく、たまたまぶつかっただけらしい。


「あぁ、ごめん。ぶつかっただけか。」と納得するオサム。


自分に用事があったわけじゃないのに我ながら自意識過剰だなとオサムは苦笑した。


「ここで用事があっただけか。失礼。邪魔してごめんね。」と言って立ち去ろうとするオサムの袖を、サクラは黙ってつかんだ。


「ん?」


袖をつかまれたオサムは、

彼女がこの場所に用事があると言うことに違和感を覚える。


「もしかして・・・葉月さん、この場所で俺を待ってたりした?」


「うん・・・。でもアオイにつかまっちゃって、佐藤君のほうが先に着いちゃったけど。」


どうやら走ったせいで彼女を追い抜いてしまい、それを見て慌てて追いかけてきたらしい。

息切れしていた理由がハッキリした。


「そ、そうなんだ。なんかごめん。」


「ううん。」


「ところで、あの・・・。」


オサムは視線を下に向ける。その視線の先には袖をつかむサクラの手がある。

サクラはあっと、つかんだ袖を離す。


「・・・」


互いに沈黙が流れる。耐え切れなくなったオサムが口を開く。


「あの、俺に話したいことって?」


「あ、うん、えっとね。今朝のことなんだけど・・・。」


今日の朝のことといば井上の件しかない。


「私ね、お父さんの小さな会社がうまく行っていなくて、お父さんにお金を貸してくれる人を探してたの。

 そんなとき、井上君が無利子でお金を貸してくれるって行ってきてくれて、それでお金を借りたの。

 借りたのがこの前の3月1日、期限は1年後でいいって言われて。

 でも、今日になって突然、井上君がお金を返してほしいって・・・。」


それが今朝の件か。


「それでね・・・。」と続けるサクラ。


しかしなぜその話を今ここでするのだろうとオサムは不思議に思った。

オサムに思いつくことは1つであった。すなわ力を貸してほしい、だ。皆にお金を借りに回っているのだろう。

どうやら告白ではなかったらしい。だが、頼られたことをうれしいと思った。


「いいよ。ちょうどバイトで貯めてたお金が100万円あるから、それでよかったら使って。」


RORの世界大会を見に行くためにためたお金であったが、

好きな女の子がそのお金で幸せになれるなら、それでもいいとオサムは思った。

世界大会は来年以降にしよう。また1から貯めなおそう。オサムの心に曇りはなかった。


「えっ、そんな。私受け取れない・・・」と言って困惑するサクラ。


「いやいいから、それでも400万円足りないわけだし。」


「そうじゃないの。」と首をふるサクラ。


「そっか。あげるとなると贈与税とかがかかるんだっけ。法律的な問題もあるから困ってしまうよね。ごめん。無期限で無利子で貸す形なら大丈夫かな。」


「あの・・・」


「一生かかって返してくれたらいいからさ。」


「一生かかって・・・」


気のせいかサクラの頬が赤くなった気がした。


「佐藤君、ありがとう。

 でも、お金のことじゃないの。ただ事情を知ってほしくて。

 お金はお父さんと私で解決しなきゃいけないことだから。佐藤君には頼れないよ。」


「そ、そう。」


オサムの申し出は断られてしまった。だが、疑問が残る。

どうして自分に事情を知ってほしかったのだろうか。

自分は何の手助けにもなれないのに。


「じゃあ、どうして俺に事情を説明しようと思ったの?」


「それは・・・」


不意にサクラの顔が真っ赤にそまる。


「誤解されたくなかったから・・・」と言いながらうつむくサクラ。


「え・・・」


「ごめん、迷惑だよね。いきなりこんなこと言って。

 お父さんの会社、きっとうまく行かない気がするの。だから、お金返せなくなりそうだから。

 私、来年には・・・だから。」


サクラは不安を隠すように右手で左肘をぎゅっと握り締めた。


「でも、わたしだって、女の子だから。」


強い意志を感じる言葉だった。だが声には涙が混じっている。決して「助けて」とは言わないところがサクラらしいとも思った。


「ごめんね。こんなことで呼び出して。聞いてくれてありがとう。」


サクラはにっこりと微笑んで指で涙を拭うと、そのまま走り去っていった。


オサムは呆然と立ち尽くすしかなかった。

好きな女の子がSOSを出しているのに自分には何もしてあげられない。


オサムは自分の力のなさを痛感していた。

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