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高校生ゲーマー、投資家を目指す  作者: 個人投資家
11/17

高校生、恋の集会に参加する

「おい、ヒーロー」


同じクラスの田中がオサムを呼ぶ。


振り返るオサムの顔は露骨に嫌そうだ。


「その呼び方やめてくれ」


「英雄の方がいいか?」


「そうじゃなくて」


「やっぱり救世主か?」


「あのなぁ」


1年前、オサムの大好きなゲームRoRで起こったイジメ事件以降、オサムは一部の者から救世主やヒーローと呼ばれるようになった。だがオサムはその呼び方が嫌いだった。


誰かを救いたいとか崇高な考えで動いたわけではない。ただ自分の好きなゲームを貶める行為が許せなかっただけなのだ。


「で、行くのか?放課後のやつ」と嬉しそうな田中。


「放課後って何かあったっけ」


オサムには心当たりがない。


その言葉を聞いた田中は、オサムと肩を組みヒソヒソ声で話し始める。


「ほら、葉月と井上の件だよ。どうもあれをなんとかしようとする奴が出てきたみたいなんだよ。」


「えっ」


自分がサクラを助けるということに特別な意識を感じていたオサムは驚いた。


「で、いくのか。」と聞く田中は興味津々だ。


「なんで俺に聞くんだよ。」


「今日の集まりは葉月の事好きな男子限定だからな。葉月を好きでもない奴が参加したら、本命の女子の名前を皆の前でバラされるって話らしい。興味本位で参加することは無理そうだから、俺は参加出来ない。でも、お前なら参加できるだろ。」


オサムは答えない。


「俺としてはお前の恋心に興味はないが、お前が関わるときはいつも面白いことが起こるから楽しみなんだよ。お前が葉月を救うつもりなら何かが起こる。俺はそう思ってる。救世主がいつ動くのかが知りたくてね。」


もうとっくに動いてるよ。オサムは心の中でつぶやいた。


「残念だったな。俺はそんな変な集会には参加しない」とオサムは田中に答えた。





――その日の放課後、視聴覚室に20名ほどの男子が集まっていた。その中にオサムの姿もあった。


集まったものは全て葉月に思いを寄せているとだけあって、皆、気にしていないふりをしつつも周囲の顔をチラチラと確認していた。周囲は全員恋のライバルである。


オサムもちらりと周囲を見渡すと、見知った顔が数名いる。オサムが周囲を確認するように周囲もオサムを確認している。「おい。あれってヒーローじゃん・・」というヒソヒソ声も聞こえてくる。


オサムはすました顔で、この集まりに来たのはあくまで調査の目的だ、と自分に言い聞かせた。


自分以外にサクラを助けようとする人がいてもおかしくはないとは思っていたが、もし誰かが500万円を用意できてしまえば問題は全て解決してしまう。それはサクラにとっては喜ばしいことだし、オサムにとってもそうなのだが、その相手がサクラと付き合う可能性もゼロではないと考えるとオサムは内心複雑であった。


「やぁ、よく集まってくれたね。」と言いながら入室してきたのは3組の松井ヒロシだった。


周囲からどよめきが聞こえる。無理もない。松井ヒロシといえば、学年で1,2位を争う成績の優等生だ。生徒会長もこなし、人をまとめることを得意とする。性格もよく周囲からも人望がある。彼を悪く言うものはいない。恋のライバルとして考えれば、かなりの強敵だ。


「君たちに集まってもらったのは他でもない葉月さんのことだ。彼女のお父さんが井上君に500万円の借金をしている話は既に耳にしている思う。その500万円を卒業までに返せないと、井上君と交際することになってしまう。今日ここに集まった男性諸君は彼女を救いたいという正義感に・・・いや、そんな見え透いた嘘はやめよう。ここにいる男性諸君は皆葉月さんに恋心を抱いていると思う。」


否定するものは誰もいない。元々そうやって集められたメンバーだ。


「そんな皆にお願いがある。実は彼女から助けてほしいとお願いされたんだ。体育館裏に呼び出されてね。」


再びガヤガヤと騒がしくなる男子たち。他の男子から見ればサクラに頼まれたと宣言することは、サクラに好意を抱かれていると言っているようなものである。


オサムもまた同様していた。後頭部を鈍器で殴られたようなめまいがした。手紙で呼び出されたのは自分だけではなかったのだとショックを受けていた。オサムはもう何も考えられなくなっていた。


「さて、僕は葉月さんに頼まれた。だからなんとかして彼女を助けたいんだ。どうだろう、皆でお金を出し合うことは出来ないだろうか。ここにいる20人が25万円ずつ出し合えば500万円だ。お金のない人は今からバイトをするというのはどうだろう。賛同できる人だけ部屋に残ってほしい。」


しばらくして部屋に残ったのは松井、オサムを含めて3人だけだった。高校生である彼らの恋はあまりにも脆い。恋のライバルが生徒会長と聞けば自分では勝ち目が無いと思う人がたくさんいるだろう。更にサクラに呼び出されて助けを求められたと聞けば、既に葉月の恋心は松井にあると思うのは当然である。自分の失恋のためにわざわざ大金を用意しようと思う物好きはいない。皆部屋を去っていった。


一方のオサムは茫然自失のままうつむき部屋を出れずにいた。


「どうやら3人だけしか残らなかったみたいだね・・・諦めるしかないか。」と残念そうに言う。だがその顔には悲壮感が漂っていない。


「僕は手伝いません」と答えたのはオサムの隣にいる男子生徒だった。


その声で顔をあげるオサム。


高校生というにはやや幼さを残す顔。校章にはI-4と書かれている。どうやら2個下の1年生らしい。だが、1年生が3年生の葉月の集会に集まるのは違和感がある。入学してから1ヶ月しか立っていない。葉月に一目惚れでもしたのだろうか。


「サクラさんは本当にあなたにお願いしたんですか?」


サクラさんという呼び方が気になるオサム。


「も、もちろんだよ。」と答える松井だが、やや声に動揺が見える。


「お金で困っているから助けてほしい。松井君だけしか頼れる人がいない。そう言われたんだ。」


その返答を聞いたオサムはハッと我に変える。


これは松井の嘘だ。


葉月は嘘が嫌いだ。その葉月がオサムにも頼んでいることを隠した状態で松井にも頼るとは思えない。


そうか、そういうことなのか。オサムは松井の意図を理解しつつあった。


質問をした1年生はオサムの顔を見て何かを納得したかのように「僕はこれで失礼します」と言い残し教室を去っていった。


冷静さを取り戻したオサムは、松井という人物について考えていた。

実は生徒会長の松井には裏の呼び名がある。


「扇動者」


彼が何かを話せば、人々はそれに心を動かされる。そうやって彼は生徒会長の座に上り詰めたと噂するものがいる。


「なぁ、松井。どうして今回の話を皆にもちかけたんだ。」


「それはもちろん、皆に葉月さんを助ける手伝いをしてほしかったからさ。うまくいかなかったけどね。」


「本当にそうなのか。別の意図があったんじゃないのか。」と松井の目を見るオサム。


「どういう意味だい」


「本当は、葉月さんを助ける手伝いをする有志に消えて欲しかったんじゃないのか。」


「佐藤くん、意味のわからないことを言うのはやめたまえ。」


「松井、お前は"この"学校で生徒会長に上り詰めた男だ。間違いなく頭の切れる男だ。一部の人はお前を扇動者と呼ぶ。人の心を動かす天才と評する人すらいる。そんなお前が皆に協力を乞い、失敗した。今まで人を動かすことを失敗したことのないお前が失敗したんだ。俺はこの失敗がお前の目的だったんじゃないかと思っている。」


「いい加減にしてくれないか。」


「俺はこの話を同じクラスの田中に話すことも出来る。」


チッと松井が舌打ちを打った。


情報屋の田中。彼がオサムの話を聞けば、さきほど去っていった男子生徒達にこの話を聞かせることも可能だ。その話を信じるかどうかは本人次第だが、普段の生徒会長を知る者であれば、オサムの意見にはそれなりの信憑性がある。そうなれば、松井はさきほどの者たちから恨みを買うだろう。松井の評判にも傷がつくだろう。もちろんこの話が広まりすぎれば葉月が傷つく可能性もある。オサムとしてはこの手段を実行に移すことはない。あくまで今この場で松井を追い詰めるブラフである。


「お前の意図はなんだ。葉月さんを陥れたいのか。」


「彼女は僕の隣にこそふさわしい女性だ。」


観念したように語り始める松井。


「松本アオイのような飛び抜けた美しさを持つ女性はたしかに華がある。だが僕という人間を高めてくれるのは、葉月さんのような清楚な女性だ。彼女のような女性に支えられてこそ僕はより輝くことが出来る。彼女は僕にとって特別なんだ。」


松井の偏見を松本アオイが聞いたらどぎついビンタが飛びそうだ。彼女は派手目な見た目をしているが、ある男性をずっと一途に想っている強い芯を持つ女性だ。オサムはそれを知っている。


「傲慢な考えだ。お前は自分の私利私欲のために、葉月さんが助かるチャンスを潰そうとしている。」


「心配無用。僕が彼女を救って見せる。しばらくは井上の彼女になってしまうかもしれない。だがエリート街道を進む僕が将来彼女を借金から救ってみせる。僕は君たち処女厨と違い寛容なんだ。処女は井上にくれてやるさ。だがその後の人生は僕がもらう。」


「好きでもない井上と付き合う葉月さんの気持ちはどうなる。お前が今日したことで、葉月さんの助かるチャンスが潰れたかもしれないんだぞ。」


「もちろん僕だってなんとかしてあげたいさ。だけど葉月さんの借金は大金だ。誰にもどうにもできないさ。変えられない未来にこだわるほど僕は愚かじゃない。変えられる未来に力を注ぐ。それが最善なのさ。」


「そんな考え、俺は認めない。」


「君に認めてもらう必要はない・・・が、僕は君を高く評価している。1年前のゲームイジメ事件を解決に導いたのは君だと思っているからね。あのとき、あのRoRの試合でいじめられっ子達が勝てるとは誰も信じていなかった。下手に関われば自分もイジメられる可能性があった状況で君だけが彼らの傍に寄り添い、共に戦い、そして見事に勝利へと導き、彼らをイジメから解放した。僕の予想を裏切った驚きは今でも覚えている。そんな君だからこそ、僕は手の内を明かしたんだ。田中君に言うというのもブラフだろう。僕には分かるさ。君は葉月さんが傷つくようなことをしない人だからね。君のことだ、君なりに彼女を救おうとしているんだろう。やってみたまえよ。僕は僕のやり方で彼女を救う。君は君のやり方であがいてみればいい。1年前のような奇跡をもう1度起こせるというのなら見せてみたまえ。その時は葉月さんを諦めるよ。」


松井の話を終わるとオサムは出口へと向かった。


「そうそう。」とまだ話を続ける松井。


「彼女が誰かを頼ったというのは本当のことらしい。葉月さんは校内にいる誰かを体育館裏に呼び出したという噂だよ。残念だったね。きっとその人が葉月さんの好きな人なのさ。だが、僕の演説を聞いて葉月さんに失望し去っていったに違いない。所詮高校生の恋愛感情なんてその程度の薄っぺらいものさ。そんな男は葉月さんにふさわしくない。僕こそが彼女を真に幸せにできるのさ。」


オサムは無言のまま部屋を出た。


頭の中はどうやって株式市場を攻略していくか、どうやって株式市場の中で勝ち越していくのか、そのことでいっぱいであった。

かつてRoRのランク戦に挑戦し上位1%まで到達した男の闘争心が静かに燃え始めていた。

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