高校生、過ちを理解する
高校の放課後、いつものようにオサムはカヨシの家へ通う。
「おじさん、考えてきたよ。何がいけなかったのかを。」というオサム。その目には昨日までと打って変わって輝きがある。
「ほう、聞かせてくれ」と興味を持つカヨシ。
「結論からいえば、僕は損失を取り戻そうとした。その気持ちに支配された時点でもう敗北は決していたんだ。」
「ほぅ、詳細を聞こうか」とカヨシは興味深そうに聞いた
「トレードには隠された確率があると思う。自分の実力の応じた勝率。トレードを重ねていけば行くほど、最終的な結果はその勝率に収束して行く。そして株が下手な人の勝率は50%を切っていると思う。そういう人がトレードを重ねるほど隠された勝率に収束していく。そもそもの勝率が低ければトレードを繰り返したって資金は減るだけにすぎない。僕がすべきことはトレードを繰り返すことじゃなくて、まずトレードを一旦中断して、勝率を高めるための勉強を行うことだったんだ」
カヨシはオサムの説明に驚いている様子だった。
「取り戻そうと言う気持ちに支配されると、損失を一刻も早く取り戻したいという考えになる。そうすると勉強を行うことはまずあり得ない。そして取り戻したいと言う焦りから、不得意なトレードにも手を出してしまう。そうすると勝率はさらに下がってしまう。そしてハイリスクハイリターンな投資を行ったとしても、勝率は変わっていないから、敗北するスピードを加速させてしまうだけにすぎない。だからお金がもっと減ってしまう。」
あまりにも的確な意見。これだからこの青年は侮れない。
「一晩で考えたのか?」
「株に関しては1日で考えたことだよ。でも、これはゲームの経験を置き換えただけなんだ。」
「どう置き換えたか、聞かせてくれ。」とカヨシが言った。その顔は興味津々である。
「MOBAゲームであるRoad of Rogues、通称RORはランクという概念があるんだ。このランクというのは試合に勝てばランクポイントが増えて、負けるとランクポイントを失うというシステムになってる。ランクポイントを多数手にれれば昇格し、ランクポイントを失いすぎれば降格する。このランクシステムでまさに今回の株と同じような経験をしたことがあるんだ。昔、ランク戦を始めた頃、連続で負けてしまったことがあった。ポイントがどんどん失われ降格が近くなってくる。大抵の人は、ランクで負け続けると、失ったランクポイントを取り戻そうという気持ちにとらわれる。僕もそうだった。でも、短い時間でより多くの試合をこなそうとすると、自分の不得意な条件で試合を組むことも出てくる。この時点で目に見えない自分の勝率というものはすでに下がっている。そして連続してゲームを行うことで、疲労が蓄積する。ゲームでミスが増えるようになる。指さばきが思ったようにできなくなったり、思考が鈍ってきて凡ミスが発生する。これも勝率を引き下げてしまう。そしてどんどん負けが続き、最終的に下のグループに降格してしまう。負けを取り戻そうとするとどんどん負けるようにいなる悪循環が起きるんだ。今回の僕の行動はまさにこれだったと思う。」
「なるほど。では、ここ数日の損失を取り戻すためには何をすべきだったと思う。」
「まず休むことだったと思う。ベストコンディションで戦うことができなければ、明確な勝ち筋なしでトレードすれば、やっぱり負けてしまう世界だから。どうすれば勝てるかをじっくりと考えるべきだったと思う。」
「そうだな。だがそれを理解したつもりになっているだけで実践できていない人が多いのも事実だ。今回の経験でお前がそれをできるようになることを願っているよ。」
「もうだいじょうぶだと思う。昔、RORのランクでシルバーからブロンズまで降格した時、同じことに気づき、そして勉強し、最後に僕はダイアモンドになったんだ。」
「そうか。1つ教えておこう。+5%の成績になるトレードを10回、−5%の成績になるトレードを10回繰り返したらどうなると思う。当初の資産を100%とすると、実は資産は100%に戻らない。資産は97.5%になっている。」
「つまり50%の試合を繰り返していては勝てないとことなんだね。」
「そうだ。もしお前がいま自分で言ったことを実践できなくなりそうな時はそれを思い出せ。50%の試合を重ねても資産は増えないのだと。」
「おじさん、ありがとう。」
「まぁ、確率で考えるタイプもいれば、期待値で考えるタイプもいるが、オサムの場合は確率なんだな。自分が信じる方を使えば良いと思う。さて、最後になったが意地悪な質問をしよう。」と言うカヨシは少し嬉しそうだ。
「株の損失を取り戻そうとしてハイリスクなトレードを行った結果、たまたまその企業に良いニュースが流れて株が高騰し、大勝ちして損失を取り戻せた場合があったとする。その場合は、ハイリスクハイリターンなトレードは偶然ではあったものの成功であったと考えて良いか。」
「僕はそう思わない。そのトレード自体が失敗だったと思う。」
オサムはカヨシの目をじっと見つめていた。そこには強い意思が感じられた
「なぜだ。」
「その瞬間の成績だけを見れば正解だったと思う。でも、その取引によって変わったのは株の成績だけじゃない。その人の心自体も変えてしまうから。もしもハイリスクなトレードで成功した場合、そのトレードが間違えていなかったと言う考えを持ってしまうと思う。そしたらそう言ったハイリスクなトレードを今後も使うことが出てきてしまうと思う。たまたま運で勝っただけのトレードなら、必ずどこかで失敗すると思う。結局トレードを続ける限り、どこかで負けて破産するだけだと思う。」
「そこまで理解しているのか・・・」
カヨシはオサムの底知れない可能性に鳥肌が立つのを感じていた。
「お父さんの受け売りなんだ。
お父さんは”因果応報”のもう1つの意味を教えてくれたことがあったんだ。因果応報とは良いことをすれば良いことが返ってくる、悪いことをすれば悪いことが返ってくるって言うけど、それは宗教にあるような神秘的な超常現象だけじゃなくて、他人に対して施したものが返ってくるという道徳的なものだけでもなくて、自分のした行動が自分の価値観を決定づけるって意味もあるって教えてくれたんだ。認知的不協和理論とそれに基づく個人の行動の変化。」
「親父さんが・・・流石だな。」とカヨシは納得した。
「おじさんが与えてくれた2度目のチャンス。僕は決して無駄にはしない。必ず勝ってみせる。」
こういうことをサラッと言ってしまうのがオサムの凄さである。沈黙は金というが、成功する人間ほど有言実行な人が多い、とカヨシは考えていた。
ポイント
・損失を取り戻そうとする人ほど、ハイリスクハイリターンの勝負を選ぼうとする
・そもそも負けている人が賭け額を増やしても、損失スピードが増えるだけ
・勝率50%で同じ増減率(%)の取引を繰り返すと資産は減る。さらにこれに証券会社の手数料分敗北する
・損失を取り戻したい時こそ、1度取引を休憩し、気持ちが落ち着くまで待つ
・勝率の高い勝負だけを選んで戦うようにする
・ハイリスクハイリターンな勝負で運良く勝利できたとしても、その経験によって将来敗北する可能性が高くなる
・これが頭で理解できない人は、自分の別の経験で置き換えて考えてみよう(例:ゲーム、スポーツ、パチスロ、etc)




