そこにあるもの
花束が落ちていた。
アレジメントもされていない、リボンもされていない、たった五本の花束が道に落ちていた。
赤い花だ。薔薇ではないのは目視出来るくらいの距離まで近づくとわかった。けれど薔薇でないのなら何の花なのだろうか。赤い花で他に知っているのはチューリップかカーネーションくらいだ。しかしそのどちらでもなさそうだ。
道にぽつんと落ちている花束を見ると、何故だろう。無性に寂しさを感じた。寄る辺のないその姿にシンパシーでもわいたのだろうか。
落とし主が拾いにくる可能性だってある。このままにしておいた方がいいのではないか。――だけど拾わずにはいられない。なのにあと二歩で拾えるという距離で、花束はぐしゃりと音を立てた。
息をのみ固まった私の横を自転車がスイスイ走っていく。
ぐしゃりという音は花を包んでいたセロファンの音だ。
――たった二歩進めば花束を拾えたのに。
よたよたとその二歩を踏み出し、しゃがみこんでまじまじと見ると、さっきまで花屋に飾られていたのだろう、まだ開ききっていない花だった。それなのに潰れてしまっていた。茎も真ん中が潰れてへこんでいる。
拾い上げると重力に負けるようにクタッとしてしまう。
軽い花を抱えると、先程自転車にひかれた姿が頭をよぎる。どうしてか泣きたくなった。これ以上潰れてしまわないように慎重に抱きかかえる。
自分とは何にも関係のない、ただの花束に感情が揺り動かされているのは何故だろう。この花が地に捨てられたまま誰に踏まれようと誰かに拾われようと私にはどうだっていいはずなのに。
……理由なんて、いらないのかもしれない。本当はあったとしてもいらないのかもしれない。ただ私はこの花束が、誰かに必要とされ綺麗に飾られるはずだったこの花束が、寂しく打ち捨てられているのが嫌なんだ。
持ち帰った花は、ほんの少しの時間だったけれど潰れても尚、綺麗に咲いて私の時間を彩った。
現実に落ちていたあの花束は、落し主の元へ帰れたのだろうか。