校門
玄関を出たらもう真っ暗だった。
「うわ」
私は軽く身震いして、校門へ向かう。
夏の終わり。さすがに夜は肌寒い。
「…あれ?」
校門の所に、1人の男が立っていた。
(人待ちかな?)
きっと女の子を待っているのだろうと勝手に想像する。
私服という事は、学生じゃないらしい。
けれどももう下校時刻はとっくに過ぎている。私が1番最後ではなかろうか。
という事は…
(つらい恋をしてる訳ね…)
好奇心につられて、通り過ぎる時にちらりと顔を見てみる。と、ばっちり目が合ってしまった。
眼鏡をしてたからよくわからないけど、彼が動揺したのが雰囲気でわかる。
「…も、もう残ってる人、いないと思いますけど…」
さすがに無視する訳にもいかず、私は恐る恐るそう言った。
「え…!?」
彼が叫ぶ。
それがあまりにも悲愴な声なので、何だか申し訳なくなってしまった。
そして違和感に気付く。
「…翔くん?」
脳裏に、1人の男の子が思い浮かんだ。
思い切って眼鏡の奥を覗いてみる。間違いなく翔くんだった。
今駆け出し中の若手俳優さん。同じ劇団に所属している。と言っても、私なんて脇役のペーペーだけど。
「…ひさしぶり」
彼は少し困った顔をした。そりゃそうだ。私も困る。どうしよう。
翔くんがうちの高校の子と付き合ってるなんてちっとも知らなかった。しかも、校門で待っちゃうようなロマンチックな。
「…遅いんだね、みどり」
「え?ああ、舞台の時の分の補習してもらってんの。一応、受験生だし」
そう答えると、彼特有のふわっとした笑みを浮かべた。
「そっか。えらいえらい」
彼は私の1つ上だけど、こういう落ち着いた所が好きだ。私には兄がいるけれど、翔くんが本当のお兄ちゃんならどんなによかったか。
……じゃなくて!
「えっと…。一応誰か残ってないか見て来ようか?あっ…私先帰った方がいいか」
こんな時はどうしたらいいんだろうか。
私はすっかり慌ててしまった。
翔くんはそれを見て、少し眉を下げる。
「いいよ。…俺ももう帰るし」
「え、歩きで来たの?」
「ううん。今日は自転車。仕事は休みなんだ」
翔くんは進学をせず、俳優業1本で仕事をしている。
逃げ道を作るように大学へ行く私と比べたらすごく立派だ。
…ってだからそうじゃなくて!
「いいの?」
翔くんがここにいるんだから、彼女だってまだ学校にいるかもしれない。多分。すごく低い可能性だけど。
「…いいの!」
翔くんは少し強い口調で言い切る。
多分全然よくなんかないんだと思う。だけど、そこまで言われたら仕方ない。
ああ、私は何も言わずに通り過ぎるべきだったんだ…
私は翔くんの自転車の後ろの乗っけてもらった。
翔くんの家と私の家は、自転車で10分くらいしか離れていない。と言っても、翔くんは今はもっと都心の方に1人暮らしをしているけれど。
私はそっと翔くんを見上げた。
笑うたびにこちらを向くから横顔が見える。少し精悍になった気がする。
そうか…翔くんは恋をしているのか。それも多分、つらい恋を。
翔くんはこれから有名になっていく。きっと、簡単に恋なんて出来ないんだろう。
「みどりは大学行くんだ?」
不意に翔くんが尋ねた。
「え?あ、うん。私学校好きだし」
翔くんが笑う。
「みどりらしいなぁ」
「翔くんは…」
思わず今日の事を尋ねてしまいそうになって、慌てて話題を変えた。
「今度映画に出るんだってね。おめでとう」
「ありがと」
それからは、翔くんが話してくれる映画の話をずっと聞いていた。
家まで送ってもらって、私は翔くんの自転車から降りた。
「ありがとう。…ごめんね、遅いのに」
「いいよ」
翔くんは苦笑する。
もしかしてこういう時は、1人でいる方がよかったんじゃないだろうか。
それとも、私は慰めてあげた方がよかったのかもしれない。
でも余計なお世話かもしれないし……。
結局何も言えない私。なんて情けない。
「みどり」
不意に翔くんが声を落とした。
「ん?」
私は何気なく顔を上げる。
「今度からさ、校門で知ってるやつが人を待ってたら、自分の事かもって思った方がいいよ。……さっきのあれ、かなりショックだった」
「………へ?」
翔くんがじっとこっちを見つめる。
私の顔がしっかり赤くなったのを確認すると、翔くんはにやっと笑った。
「また、出直してくるよ」