前世の記憶と転生者狩り
「それなら妖精樹ちゃんに作ってもらえばいいと思いますよ!
木材は加工すればウェイトの器具代わりにはなるでしょうし、武器も棒を振ってみたらどうですか?
棒術は色々応用が効きますし、後々武器を変更するにしてもその基礎を固めるにはいいと思います」
「成程、貴重なご意見ありがとうございます。妖精樹さん、そういう事で作って頂けますか?」
『いいよ~!どんなのが欲しいの?』
「そうですね、これとこれは欲しいですね」
「これもあった方がいいですよ!」
「ほうほう・・・」
やはりノエルさんは頼りになりますね
妖精樹さんは木材の加工も出来る様なので本を見せながら欲しい機材を注文していきます
バーベルのプレート代わりに丸太の真ん中に穴を開けた物を作ってもらい
その穴開き丸太に棒を差し込んで木製バーベルとダンベルの出来上がりです
他にもベンチ台やスクワット台も作ってもらい、筋トレの準備は万全です
ちなみに置き場所は口の字左下を抜けた辺りの迷宮部分です
ここはモンスターも居ないし、静かでトレーニングに集中できるのです
マスターやみんなにはまだ内緒です。こっそり強くなって驚かせたいですからね
「よければこれも使ってみてください!」
ノエルさんはそう言ってクラッシュ力やピンチ力といった握力を鍛える器具を私にくださいました
何故こんなものを持ち歩いているのでしょうか?この子は・・・
いえ、ありがたく使わせてもらいますけどね
次は武器の作成。色々な重さの棒を作ってもらいます
これは重すぎてもダメです。自在に操れない様では意味がありませんからね
ちょっと重いかな?と思う程度の武器で素振りし、慣れてきたら一段階重さを上げる
そうやって高重量の武器に慣れて行こうと思います
実戦訓練はみんなとの合同練習の時で良いでしょう
普段は筋トレと素振り、週に1~2回はみんなとの実戦というメニューでいきましょう
「筋トレは一日で全身を鍛えるのは無理、というかオーバーワークになってしまうので何日かに分けてやるといいですよ」
「成程」
「実戦した次の日は胸と肩。次の日は一日休み、次の日は上腕と背中。次の日は前腕と足。次の日はまた胸と肩。次の日は一日休み、次の日は実戦って感じでその繰り返しかな?
素振りやランニング、腹筋などは筋トレが休みの日も含めて毎日やってもいいと思います」
「成程、では今日は胸と肩を鍛える日ですね?」
「そうですね。今の所はそのメニューで続けてみてください!トレーニングは同じ事を続けていると段々効果が無くなって来る物なので、最近効かなくなってきたなと思ったら同じ部位を鍛える場合でもやり方を変える等工夫をする必要があります。基本は毎日続ける事ですね!これは根性論では無く、そうする事でやる気を維持しやすいからですね!」
「な、成程・・・」
すごい勢いで話し出しました。
お世話になっていますので邪険にも出来ませんし、ちゃんと返事をしながらタイミングを見てトレーニングを開始していきます
ノエルさんは私がトレーニングしている間は黙って見ていてくれます
そして、時折フォームなど間違っている部分を指摘してくださいます
とても面倒見がよい方ですね。私も見習いたい所です
これで、もう少し喋るのを抑えてくれれば完璧なのですが・・・
「しかし、胸と肩だけだと物足りませんね」
「そう思うかもしれませんが慣れるまではあまりハードにやりすぎない方がいいです。
例えば今日燃え尽きるまでトレーニングしてしまうと明日はきっと何も出来ない程疲労してしまいます
下手をすれば何日も疲労は取れず、体を休ませなければならなくなるでしょう
そんなやり方をするよりは毎日コツコツ鍛えた方が実は効率がいいという話ですね」
「成程」
ノエルさんはお喋りですが話す内容に無駄は無い様に思えます。
でも情報量が多いのでなかなか聞く方は大変です
とりあえず筋トレを終え、次は素振りに入ります
「最初から重い物を振り回すと怪我をしやすいので最初は軽い棒でウォームアップしましょう」
「はい」
ここでもやはりフォームの矯正が入ります
しかしこれは1人でやっているとせっかく教わってもフォームが崩れそうな気がしますね
どこかで鏡を手に入れる必要があるかもしれません
「最初はただ思い切り振らせて矯正は後からという流派もありますが、私の考えでは最初に変な癖がつくと後から直すのは大変なので最初から正しいフォームで練習していきます」
成程、しかしこれは窮屈ですね。
このフォームで思い切り振れる様になれるのでしょうか?
「多分最初は窮屈で、素人の頃より弱くなるかもしれません。
頭で考えながら動作を行うとどうしても体の思い切りの良さは失われてきますからね
しかし最終的には技術がある者の方が出せる力も上になります
どの位違うのかはそれを身に付けて無い者に説明するのは難しいですが・・・」
「大丈夫ですよ」
「はい?」
「私なら大丈夫ですよ
初代の記憶を通じてあなたの実力は知っているつもりですし
私個人もあなたの事は信頼しています。あなたの教える事を疑ったりしませんよ
それに・・・」
「それに?」
「はい、私は前世では武人だったと思うのです。
そして、主君を守れずに果てた。そんな気がするのです・・・
私が弱かったから大切な人を失ってしまった
だから強くなって今度こそはと・・・
そういう思いが根幹にあるのです。
ふふっ、まあ初代の記憶と混合してしまっているのかもしれませんがね・・・」
私がそう言って自嘲気味に笑うとノエルさんは少し悲しそうな表情になった様に見えます
「いえ、きっとそれは・・・」
「?」
一体どうしたのでしょうか?
ノエルさんは何かを言いかけ、考え込んでしまいました
余計な事を言ってしまったでしょうか?
これは困りましたね。普段おしゃべりな人が急に静かになると何だか気まずくなってしまいます
「・・・」
ノエルさんの様子が気にはなりますが、素振りも途中です
今度は重い棒に持ち替え、先程習った動きをトレースしていきます
トレーニングの話に話題を戻せばノエルさんも普段の調子に戻ってくれるだろうという打算もあります
「回数をこなすのでは無く、どこの筋肉を動かしているのか意識して振ってみてください。
それと何百回、何千回に一度「しっくり来る時」があると思います
その感覚を忘れず、狙って再現していくのが上達のコツです」
「成程、分かりました」
まだ少し元気が無い様に思えますが、調子が戻って来ましたね
どうやら私の考えは間違っていなかった様です
その後もしばらく素振りを続け、体が心地よい疲労に襲われ始めた所で今日のトレーニングは終了となります
「お疲れさまでした」
「お疲れ様でした。今日はありがとうございました」
互いに礼をして今日のトレーニングは終了です
ここで別れようとしたのですが、ノエルさんはまだ少しお話がある様で引き止められてしまいました
さっきの話の続きでしょうか?
「先程の前世の話ですが、気のせいでは無く本当にあった記憶だと思います」
やはりそうですよねえ・・・
気のせいで済ますにはあまりにも感情がリアルすぎます
「ダンジョンに召喚される者の魂は大きく分けて二種類あります。1つはマスターと魂の波長が似ている者」
「魂の波長?」
「はい、簡単に言うと気が合う者同士って事です。
性格が全然違っていても妙にこいつとは気が合うって人とは魂の波長が似ている事が多いです」
「成程、もう1つは?」
「もう1つは輪廻の輪の中でマスターと関わりのあった者ですね。恐らくあなたはこっちだと思います
このタイプは人型に稀に現れるとされていますが、私も見るのは初めてです
普通は前世の記憶なんて覚えてる方はいませんからね
きっと、前世でもあの人に仕えそして、強い未練を残して死んだのでしょう
それこそ「死んでも忘れない」程の未練を・・・」
「・・・」
「前世の記憶は必ずしもプラスになるとは限りません。
それが未練を残す程つらい記憶なら尚更です
もし、あなたが望むならその記憶は私が消しておきますがどうしますか?」
成程、そんな事で悩んでいたのですか。優しいですね、ノエルさんは・・・
しかし、心配は無用です
「心配してくださってありがとうございます。
確かにこの記憶は私にとってつらい記憶・・・
ですが同時に大切な思い出でもあるのです。失くす訳にはいきません・・・」
陽炎の様な記憶ですけどね。これが大切な物だというのは分かります
ノエルさんはまだ私の事を心配そうな表情で見ていますが、そこまで聞いて ある程度は納得してくれた様です
「そうですか、分かりました。記憶の話はこれでお終いにしましょう
後は注意点ですが、前世の記憶を持つ転生者という事を知られるとその身を狙われる可能性があります
ですので、いらぬ敵を招かない為にもその事は今後口外しないでください」
「狙われる?」
「はい、転生者と知られると実験体として狩られる危険があります
その秘密を解き明かし、記憶を持ったまま生まれ変わりたいと考える者が大勢いるのです
過去にも権力者による転生者狩りは幾度も行われ多くの者が犠牲になりました」
「成程、権力者が欲しがるものとしては定番である永遠の命。転生者はその代用という訳ですか」
「その通りです。他にも不老不死と言えば超人や魔人なども居ますがこれらは強すぎて並の軍隊では狩れませんからね
生まれたてのダンジョンマスターや力の弱い転生者などは狙い目という訳です」
「成程、分かりました。この事は秘密にしておきます
しかし残念ですね。この事をゴブ太やハイピクシーさんに話せば悔しがったでしょうに・・・ふふっ」
「ふふっ、そうかもしれませんね。なんせ前世からの付き合いですし、話せばきっと羨ましがったでしょうね!でも、ダメですよ!2人だけの秘密です!」
「ふふっ、分かっていますよ」
2人だけの秘密。
悪くない響きですね。マスターが知れば嫉妬するでしょうか?
◇
そして翌日、彼女は旅立って行きました。しばらく寂しくなりますね
「私が居ない間もサボっちゃダメですよ!」なんて言ってました
言われるまでもありません。次に会う時には強くなった私を見せて驚かせてみせますよ
◇そして現在
しかし、ギガース(巨人族)に進化するとは予想外でした
再会した時私だと気付いてもらえるでしょうか?不安です・・・




