心配ですからね
「ボアさん聞いてください! マスターったら酷いんですよ! 私の事目立つから留守番とか言って! もう! 私も外へ行くの楽しみにしてたのに~!」
「全くだぜ! 俺もマスターを案内するの楽しみにしてたのによ~!」
今ボアに対し愚痴をこぼしているのはエアとトシ。2人はダンマスと一緒に外出できない事に不満を感じている様だ。
「お前らの気落ちも分かるが俺よりマシだろ? 俺なんか外出どころかまだこの迷宮区から出る事も出来んのだぞ・・・」
迷宮区はボアが来た当初は野生のモンスターしか居なかったが、スカウト組のグールたちが住む様になってからはボアも以前の様に話し相手が居ないという事は無くなった。
だがそれでもダンジョンの他の区域を見て回りたいという気持ちは強い様だ。
しかしその気持ちとは裏腹にライフドレインのコントロールはうまく行かない。毎日修行は続けているのだが・・・
ボアは進展しない修行につい溜息をついてしまう。
「まあそう焦んなって! ライフドレインのコントロールは俺らグールにとっちゃ奥義とも言える訳よ!
だからそんな簡単に見に付くモンじゃ無い訳よ。むしろボアちゃんは飲み込み早い方だってのは俺っちが保証するぜ!
だから焦らずコツコツ行こうぜ!」
「あ、ああ・・・分かってはいるのだが・・・」
そんなボアを励ますこの陽気な男はダンジョン近辺に住んでいたグールの中で最強と呼ばれる男、グールたちを束ねる男グールキング。通称グルキンである。
グールたちはボアと同じく死んだ後に気が付けばアンデッド化しており、ライフドレインをコントロール出来なかった為に苦労した経験があった。
それ故に今まさに同じ苦労をしているボアの事を他人事とは思えずライフドレインのコントロール方法を指導していたりするのだ。
「消すのはまだ時間が掛かるだろうけど、身の周りに留めるのはうまくなって来てるじゃん? 最初は垂れ流しだったからな~」
「だよな、俺はあのレベルまで達するのに一年は掛かったぜ。やっぱ生前鍛えてた奴は違うな」
「ドレインの威力はもう俺より上な気がする。うう、先輩グールの威厳が・・・」
などと周囲にいるグール達の言葉も聞こえて来る。ボアは単純な男であるので満更でも無いらしくやる気を取り戻した様だ。
グールの集落は迷宮区の奥深くに位置する不死者達の住処である。
高位のグールが住み着いた事により集落周辺は迷宮区の中でも特に強力なライフドレインが働く特殊エリアとなっており、そこから離れる程その影響も少さい物となっていく。
普通ならダンジョンの眷属と言えどそこへ近付きさえしないだろう。
しかし、滞在するだけで体力を奪われるその特殊エリアは短時間のトレーニング時に程良い負荷を体に与えてくれる為、集落から少し離れた所にある広場は一部のトレーニングバカには人気のスポットだったりする。(行き帰りは転移魔法陣)
特にスパーリングはこの周辺で行う者が多く、エアやトシも今日はその為にここを訪れている。
「ボアさん集中モードに入っちまったか。はあ、俺らも愚痴っててもしゃあないし続きやるか! エア、やろうぜ!」
「オッケー!」
「ああ、お前らちょい待ち!」
「「はい?」」
休憩を終えスパーリングを再開しようとする2人に待ったを掛けたのはグルキンだ。グルキンは悪い顔で2人を招き寄せる。
「外出の件だが、トシの場合は風神の旦那がうるせェし、人間どもの強化も今後の為に必要だし抜けるのはまずいってのはまだ分かる。
でも、エアちゃんは別に行っても良くね? って俺は思う訳よ」
「で、ですよね!」
「グルキンさんそりゃ無いぜ! いくらエアが可愛いからって! ぐおお・・・!」
グルキンへの文句の途中で突如苦しみ出すトシ。
エアには何が起こっているのか分からなかったが、ライフドレインを視認できるボアにはグルキンの体から伸びたライフドレインがトシの体を包むのが見えていた。
「違うわボケ! 話の腰折んなや!
おお、ボア分かるか? これはライフドレインの応用技。普段は全方位に垂れ流しになってるのを集中させ対象を一体に絞り込む事で威力が上がるって寸法よ!
で、話の続きだが・・・」
「は、はい!」
「ぐおおお・・・」
ダウンしたトシを無視して話は進められる。
「マスターと一緒に行っちゃいけないんなら別行動すればいいと俺っち思う訳よ!
って事でエアちゃん俺と一緒に行かね? 俺も久しぶりに人里へ行ってみてェし、マスターの後付けて行こうぜ!」
ちなみにグルキンの見た目は普通の人間と同じである。グールは高位の者ほどそう見せるのもうまいのだ。
「え、でも・・・後で怒られないかな?」
「大丈夫だって! 行こうぜ~!」
「う~ん、行きたいけど・・・どうしようかな~?」
「そういう事なら私からもお願いします。ああは言ったもののやっぱり心配ですからね」
モジモジ悩むエアの背後から話に混ざって来たのはノエルだった。
「その話なんだがよォ、ホントに大丈夫なんか? いや、ロビンの旦那とユズちゃんが強いのは知ってッけどよォ・・・」
「ああ、そっち方面の話なら大丈夫ですよ。ユズさんは予知能力持ちですので逃げる事に関しては私たちより上です。本当に危ないと思ったら危機に出会う前に逃げ帰って来ると思います。
それに響さん達もユズさんの事を嫌っているとはいえ、彼女がクロさんの愛弟子という事は知っていますからね。
管理者の身内に手を出す程バカでは無いでしょう。そんな事をすればクロさんにも嫌われちゃいますしね。
むしろ私やゴリさんが付いて行くと余計な者を呼び寄せてしまうかもしれません。
そっちの方が危険度は上だと判断し、今回付いて行くのはやめました。
・・・ゴリさんの場合はそれだけが理由じゃ無い気もしますけどね」
「ほー・・・じゃあ戦闘面で無いとしたら心配とかお願いって何よ? 言っとくがあんま無茶な事はごめんだぜ?」
「ふふ、無茶な事は言いませんよ。
ただ、向こうの状況が分からないのは心配というか気になりますからね。
グルキンさんには中継をお願いしたいんですよ。はいこれ。カメラ渡しておきますね」
ノエルはそう言うとグルキンに小型カメラを手渡した。
「はー、成程。これでマスターたちの様子を撮って来いと?」
「その通りです! このカメラで撮ればその様子はダンジョンネットを通じて動画で見る事が出来ますからね! あ! くれぐれもバレない様にお願いしますね!」
「おー分かった分かった! そういう事なら任せときな!
っと! いけねェ! マスターそろそろ出かけるんじゃねーか? そうと決まりゃゆっくりしてる暇はねーな。
じゃあ俺はグール連中にお土産何がいいか聞いて来るわ! 聞き終わったらすぐに出かけるからエアちゃんも旅支度しときなよ!」
グルキンはそう言い残すとその場から離れて行った。
去っていった方向から「おーい! お前ら! 俺町へ出かけるけどお土産何がいいよ?」という声が聞こえて来る。
「あれ? 私もう一緒に行く事になってる?」
「ふふ、行って来ればいいんじゃないですか? マスターさんもそんな事で怒ったりしませんよ、きっと」
「ぐおおー・・・」
という事でグルキンとエアがダンマスを尾行する事になった。




