土天と白い少女 その6
白雪が消えた。
それは失踪したとかそういう生易しい事では無く、この世から消失したのだという事は直感的に分かった。
ホログラムの壁を抜け、リビングルームに入ると分かりやすい場所に置手紙が置いてあった。
壁にインクでドラゴンさん読んでください! と書いてある。
だが読む気はしない。ふざけるな! と手紙を破りたくなるがグッと堪える。
奥の研究室にはスラちゃんが居るのは探知で分かっている。
恐らく世話を頼むといった旨の事が手紙に書かれているのだろうがわしにその気はない。むしろ黒い感情が頭を支配している。
白雪はスラちゃんが完成すれば思い残す事が無くなり成仏すると言っていた。
白雪からすればその人生を懸けた研究の集大成なのだ。それだけスラちゃんの存在は白雪にとって大きい物なのだろう。
だからスラちゃんが完成すると同時に満足して逝ってしまったという訳だ。
なら、その集大成を壊してしまえばどうなる?
その研究結果が世に出る前に消えてしまえば、自分がこの世に何の痕跡も残せていないと知ったら・・・
「・・・」
だが、わしには出来ん・・・
スラちゃんはワシにとってペット。いや、もはや家族の様な存在じゃ。家族をこの手に掛ける事など出来よう筈も無い。
しかし他に道は無い。あまり時間を掛けるのもまずい気がする。どうする? どうすればいい・・・
そう悩んでいた時だった。ダンジョンから勧誘の声が聞こえて来たのは。
◇
ノエルから話は聞いていたのでそのダンジョンマスターの能力については把握していた。これで最悪失敗した場合の保険も出来たと内心ホッとする。
マスターの能力があれば過去へ戻れる。正直言えば今すぐ過去に戻って白雪に文句の1つも言ってやりたい。
別れの挨拶すらせずに逝くとは何事かと。わしを置いて行くとは何事かと。
いや、違うな。ただ、会いたいのだ・・・
だがまだ戻る訳にはいかない。
今戻った所で同じ事の繰り返しだ。結局白雪が消えてしまうのであれば戻った所で意味は無い。救う為の手立てを考える必要がある。
わしはその為にマスターを利用する事にした。
どうせ過去へ戻ればスラちゃんも蘇る。そう分かってはいても自分の手を汚す事は出来なかった。
ならば他の者にやって貰おうとそう思ったのだ。
◇
そして土天の思惑通り無限スライムはダンジョンマスターに討伐され今に至る。
土天は持ち主の居なくなったリビングで横になり誰かに語り掛ける。
「どうやらスラちゃんは討伐されたようじゃの。残念じゃがこれでおぬしの残した研究結果も世に出る事は無くなったという訳じゃ」
まるで誰かに状況説明するかのように土天は語る。だがそこには誰も居ない。
「おぬし言っとったな? スラちゃんが完成すれば悔いは無くなると。
どうじゃ? これでもまだ悔いは無いんか? おぬしは何もこの世に残せておらんのじゃぞ?
全てをぶち壊したわしが憎くは無いんか? わしを殴りたいとは思わんのか!」
静寂に支配された空間で土天の声のみが虚しく響く。
「わしを殴りたいと少しでも思うなら、戻って来い。
いや、理由はなんだっていい・・・戻って来ておくれ。
あの時逃げて悪かったと謝らせておくれ・・・うざくてもいい。また声を聞かせてくれ。頼む・・・」
土天の目から涙が零れる。それはそのドラゴンがこの世に生まれてから初めて流す涙であった。
「え、えへへ・・・」
土天の願いが通じたのかあるいは最初から成仏していなかったのか分からないが奇跡は起こった。
「お、おおお・・・」
「えへへ。何だか出て来づらい空気だったけど・・・戻って来ちゃいました! って! わあっ! ドラゴンさん!」
白雪がどうして戻って来られたのかは分からない。
無限スライムを殺されたからなのか、土天を残しては逝けないと思ったからなのか、あるいは土天の願いが通じたからなのか、それは分からない。
「オオオオオオオオ!」
「わあー! ドラゴンさん! 鼓膜! 鼓膜が死んじゃいます! あっ、私幽霊だから元々死んでるのかな?」
だが理由等どうでもいい事だ。戻って来てくれた。それだけで十分だ。
土天は体裁も気にせず白雪に体を寄せ泣き続ける。しかしその涙は悲しみによるものでは無い。
白雪も最初は驚いた様だが、まんざらでも無いのかそれを見て微笑を浮かべている。
戻って来て良かった。なんて思っているのかもしれない。
何度生まれ変わってもこれ程自分の事を求めてくれる人とは出会えないかもしれない。
少なくとも白雪が生きた人としての人生ではそれに出会う事は無かったのだから。
『また出会えるとは限らない』その思いも白雪が成仏しなかった理由の一つだろう。
大切な物は来世では無く、確かに今ここにあるのだ。
それと出会う事も無く一生を終える者も居る。そう考えればなんて自分は幸せなんだろうと白雪は思った。




