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◆土天と白い少女 その5

「何故かモンスターに襲われない」

「全く食べなくても平気」


 かつて白雪が口にした言葉だ。

 確かに一年に及ぶ付き合いの中であ奴が何かを食べているのを見た事は無いし、モンスターに襲われないというのも本当の事だった。


 その時点で人間からすればとんでもなくおかしな話なのだろうが、わしはそこまでには思わんかった。

 日天という規格外の存在を知っているというのも大きいじゃろう。まあそんな事もあるだろう程度にしか考えておらんかった。愚かとしか言いようが無い・・・



 異常に気付いたのは最近の事だった。

 ある日、会いに行くと白雪の心の鼓動が消えていた。

 しかし慌てるわしに対し、白雪は気付いているのかいないのか今まで通り元気に笑って話しかけて来る。

 あまりにもいつも通りな為にいつの間にか心配する気も失せその日は帰ったのを覚えている。


 ・・・今思えばあれはわしに心配を掛けまいと無理をしておったんじゃろうな。心音が聞こえぬとはいえその程度も見抜けぬとは・・・わしも耄碌もうろくした物だ。

 いや、わしも何事も無いのだと思い込みたかったのかもしれぬ・・・



 だが、そんな思いを嘲笑うかの様に異常は続いていく。

 白雪の体から体温が失われ、徐々にその体がけていく。

 何度も見る内にそれが起こる前兆は掴める様になった。それは白雪が幸せを感じる度に起こっているのだ。

 だからこれはきっといい事なのだろうとわしは思う様にしていた。嫌な予感を胸に秘めながらも・・・バカとしか言いようが無い・・・



 ある日ついに白雪の体は完全に透け後ろ側の風景も見える様になってしまう。

 ここでようやく白雪の正体に気付いた。この時一瞬喜んでしまった自分を殴りたい。寿命に縛られる事無く、これからもずっと一緒に居られるとそう思ったからだ。

 しかしその時、白雪の口から出た言葉は残酷な物だった。


「あ、あはは・・・ここまで症状が進んじゃうともう隠しても意味無いですね! そうです! 私、実はもう死んでるんですよ! 幽霊って奴なんです! えっへん!」


 いつもの調子で元気良く話そうとしてるが狼狽しているのは隠せていない。白雪は泣きそうな声で言葉を続ける。


「最初の頃は生きてた頃の記憶のおかげか死んでた事に気付いてなかったせいか心臓も動いてたし体温もあったんですけどね。

 記憶も戻って一度そう(・・)認識しちゃうとダメみたいですね。段々と本来あるべき姿に戻ってしまったみたいです。あはは・・・」



 それから白雪は語った。自分が何故死んだのか。

 白雪はわしから見ても優秀な学者だ。専門とする分野での話なら人間の中ではトップクラスの実力を持っていると言ってもいいだろう。

 その白雪が必死に研鑽を重ねれば並の者ではとても太刀打ちできまい。分かり切った事だ。

 しかしそれが白雪を虐げていた者達(屑ども)には許容出来なかった。


 その研究成果を奪う為に目の上のたんこぶを始末する為に屑どもは結託し事に及んだ。つまりはそういう事だ。

 白雪は森に採集に来ている時に襲われ手足を切り刻まれた状態で森の深部に捨てられたという。

 切り刻まれている間、同僚たちは白雪に罵詈雑言を浴びせ笑っていたという話だ。胸糞悪くなる。人間どもめ! 滅ぼしてやろうか!


「でも・・・」


 白雪は激怒するわしに対し言う。


「私、今はそんなに嫌じゃ無いんです。記憶を思い出した時はホントにつらくて悲しかったけど・・・

 でも今は不思議と幸せを感じちゃってるんです! ドラゴンさんと出会えて! 好きな研究をいっぱい出来て! 毎日が充実してるんです! えへへ!」


 確かに記憶を思い返しても白雪は笑っている事が多かった。その気持ちは偽りでは無いのだろう。

 だが、それなら何故そんなに悲しそうな顔で笑う? やめてくれ、そんな顔は見たくない・・・


「きっとこの時間は神様か何かが私にくれたボーナスタイムだと思うんです。

 このまま終わりじゃあんまりだから少し幸せな時間をプレゼントって訳ですね。神様も粋な事しますよね!」


「・・・」


「でも、ボーナスタイムは終わりがあるみたいです。

 幸せを感じる度に段々と終わりが近づいてるのを感じるんです。

 この場合は成仏するって言うのかな? えへへ・・・」


「笑えんわい」


「す、すいません・・・

 そ、それでですね・・・もうすぐスラちゃんが完成するでしょう?

 そうなると私も『悔い』が無くなって、それで・・・だから今のタイミングで話しておこうと思って」


「聞きとうない。もう今日は帰る」

「聞いてください! もし私が消えても・・・」


「聞きとうないと言うとる!」

「うう、ドラゴンさん・・・」


 わしはそれ以上そこに居る事に耐えられず逃げる様にその場を後にした。背後から白雪の泣き声が聞こえて来る。耳を塞いでも聞こえて来る。

 痛い。なんじゃこれは・・・今までどんな戦闘でもこれ程の痛みを感じた事は無かった。何なんじゃこの痛みは!


 わしは自分で思っていたよりずっと弱いのだという事をこの時思い知らされた。

 そしてその弱さが生んだ逃走は後に更なる痛みをわしに与える事になる。それは後悔という名の痛み。


 それから数日後、白雪は完全に姿を消したのだ。

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