◆エルフの街
この世界にはドワーフや獣人など人間以外の種族が暮らす街や国が存在する。
文化レベルの高いこの世界であるが、見た目や種族の違いによる差別は根絶出来ていない為人間は人間の国、ドワーフはドワーフの国といった具合に同じ種族の者同士で集まって生活するのが基本となっている。
そんな他種族の暮らす街の1つにエルフの街がある。
エルフの街は森の奥深くに位置し、他種族と関わりを持たず自給自足の生活を送っていた為に人間界ではその存在を知る者は殆ど居なかった。
人間では辿り着く事すら困難な森の奥地でその様な生活を送れたのは人間と比べれば寿命が長く、魔力も高い等、生物的に優れているエルフの種としての力。
そして強力な召喚獣を操る2つの騎士団の力があったからだろう。
その騎士団の名は白薔薇騎士団と黒薔薇騎士団。
エルフの街の創始者は一つ所に権力や力が偏り過ぎない様に様々な力を持つ216体の召喚獣を2つの騎士団に均等に分け与えた。
創始者と旧知の仲であった白薔薇、黒薔薇の初代騎士団長は創始者の意思を尊重し、生涯仲違いする事も無く街の為に尽くした。
この2つの騎士団の協力があったからこそエルフの街は平和を保つ事が出来たし、その存在を秘匿してこれたと言えるだろう。
しかしいかに創始者やその仲間たちが崇高な意思を持っていたとしてもそれが次の代にも受け継がれるとは限らない。
2代目3代目と代を重ねる毎に白薔薇、黒薔薇のその考え方も変化していく。
お互いの騎士団の権力や勢力を増すために声を大きくする者も出始め、次第にその仲は険悪な物となっていった。
◇
「白薔薇よ。我らの力はこの様な森の中で終わらせる物では無い。
他種族など我らエルフに比べれば脆弱な生き物だ。それ故に外界へ出て我らの力を示せば大金を払ってでもそれを欲しがる者は幾らでも居るだろう。
こんな森の中に籠るのを止め、外界で名を上げ裕福な暮らしをしたいとは思わんのか?
また、そうやってエルフの力が認知される事でこの街の発展にも繋がるだろう! 民衆は力ある者の元へ集う物だからな!
この街の為にも自分たちの為にも、今こそ殻を破り外界へ旅立つ時だ! そうだろう?」
「黒薔薇よ、目を覚ませ。我らの力はこの街を守護する為の物だ。
決して己の力を誇示し名を上げる為に使う物では無い。
それに我らエルフが暮らしていくのにこれ以上街の発展など必要ない。十分事足りている。
俺は今の平和なこの街が好きなのだ。
外界に出て行けばこの街の秘匿も難しくなり平和は乱されるだろう。
外界の者に我らの存在を知られればこの力故に放っておかれる筈は無いからな。
元々偉大なるこの街の創始者たちは外界での争いを嫌い、平和を愛したからこそ隔離された森の奥地にこのエルフの街を作ったのであろう。
お前はそんな創始者の意思を蔑ろにするつもりなのか?」
「へへ、白薔薇の団長さんよ。あんたの言いたい事は分かりますが俺たちゃその平和ってのがあんまり好きじゃ無いんですよ。
平和って言うと聞こえがいいですが言い方を変えればそれは退屈って言うんですよ。
俺はこんな退屈な森の中で一生を終えるなんざ考えたくも無ェ。刺激を求めてこその人生でしょう? 違いますか?」
「貴様! 団長に対して何という口の利き方だ!」
「そうだ! 平和の尊さも分からん癖に何をほざくか! 他人と争わず穏やかに暮らしていく事がどれだけ素晴らしい事か分からんのか! 恥を知れ!」
「だから~、そういう綺麗事はもういいって言ってんでしょうが。リスクがあるのは俺達だって百も承知ですよ。
でもね、人間ならリスクがあっても上を目指して生きて行くべきだと思いませんか?
平和に甘んじて変化の無い生活をずっと続けていく。
そんなのは生きてるって言わねえよ。死んでないだけで生きてはいない。俺はそう思いますけどね」
「ふん! 格好いい事を言ってるがここでの仕事が嫌になっただけでは無いのか?
新天地に夢を見ているのかもしれんが物事を途中で投げ出し、逃げて他所へ移った所で何も変わりはしないぞ。
そんな根性無しはきっとどこへ行っても同じ事の繰り返しだろうよ! 上を目指すだと? 笑わせるな!」
「なんだと! 誰が根性無しだてめェ! ぶっ殺すぞ!」
「はっ! 貴様ら黒薔薇はすぐそれだ。ホントは暴れたいだけなんだろ? 正直に言ってみろ」
「てっめェ! ぶっ殺してやる! ぐおお! 団長! 離してくれ!」
今代で4代目となる白薔薇と黒薔薇の団員の仲はとても良好とは言えず、最近では会議の度にこの様な言い争いが起きていた。
白薔薇は他種族と関わる事無くこれまで通り森で静かに暮らしていくべきだと主張し、黒薔薇は停滞を良しとせず発展、飛躍を求めて外界へ出て行くべきだと主張する。
お互い相手の意見を聞こうとしない為、この言い争いは長い間平行線を辿っていたのだが最近では黒薔薇の方に形勢が傾いて来ている様だ。
理由としてはエルフの街の多くの者は長い平和に慣れ、それに飽きてしまっていたというのが大きいだろう。
平和に飽きた者は外界へ興味を持ったり、退屈を埋める刺激を求めていた。
そういった者たちからすれば黒薔薇の主張は魅力的に思える為、年月が経つにつれ黒薔薇を支持する者が増えていたという訳である。
黒薔薇の団長はこのまま支持者を増やし、もっと黒薔薇の勢力を拡大してから外界へ進出しようと考えていた。
このまま年月が経過すれば黒薔薇の勢力は増し、逆に白薔薇を支持する者は減り、白薔薇の勢力は減退するだろう。
そうなればエルフの街での黒薔薇の地位も確固たる物となる。外界へ進出するのはそれからでも遅くは無い。
そう考えていたからこそ主張は口にすれどそれを行動に移す事はしなかった。今は勢力を拡大する時だとそう思っていたからだ。
だが、そんな考えを一笑するかの様に白薔薇の元に天才が産まれる。
その少女を表現するには天才という言葉ではとても足りないと評する者も居た。それ程の才能。
エルフ史上最強の力を持つ少女。その名はルー。
黒薔薇の団長はこの後思い知る事となる。己の浅はかな考えなど天才の影響力の前では児戯にも等しいという事を。




