種族の長というもの
「上から来るぞ! 気を付け・・・」
「ニャ」
跳躍を使い飛び掛かって来た無限スライムもいつの間にか斬られている。
ボアはケット・シーのシリウスに対し、少しでもいい所を見せようと張り切っているのだが未だに一匹もスライムを倒す事が出来ていなかった。というか攻撃すら当てれていない。
もはや戦闘に対する危機感などとうの昔に消え失せてしまっている。油断は大敵とは言うがこれでは間違いなど起こり様も無いだろう。
なんせ敵に攻撃される事はおろかこちらから触れる事すら出来はしないのだ。
ボアも頑張ってはいるのだが、実はシリウスはそんなボアを見て面白がっており、意地でもボアに敵を倒させない様にしていた。
そうこうしている内にボアは戦闘に参加する事を諦めてしまい思考を会話方向にシフトさせてしまった。シリウスはそれを見て内心「もう諦めたのかニャ? つまんないニャ」と思っていたという。
「シリウスは強いな。良ければ何か強くなる為の秘訣など教えてもらえないだろうか? 俺に才能など無いのは自覚しているがそれでも強くなりたいんだ・・・」
「秘訣? そんなものは無いニャ」
死体の山の中に潜んでいたスライムが襲い掛かって来るがやはりいつの間にか斬られている。シリウスは何事も無かったかのように会話を続ける。
「吾輩たちケット・シー族は剣に生きる一族ニャ。物心ついた時から剣を与えられ、生涯剣と共に過ごすニャ」
シリウスはスライムを切り伏せながら会話を続ける。
「食事をする時も入浴時も寝る時も剣を手放す事は無いし、それ以外の時間もずっと剣を振り続けているニャ。そんな生活を続け、一人前の剣士と認められれば狩りに出る事を許されるんニャがケット・シー族にとって狩りはただ腹を満たす為の物ではないニャ。修行の場ニャ。
己の力を高める為に強敵を探し、戦い、倒すニャ! その過程で殆どの同志は死んでしまうニャ。ケット・シー族は一度に5~10人も子供を産むニャ。決して繁殖率の低い種では無いんニャが少数精鋭の部族と呼ばれているのはそこに理由があるニャ」
気が付けば次々と現れていた無限スライムの群れは退いてしまっていた。もうこの通路を通るのは諦めたのだろう。
シリウスは帯刀し何かを思い出しているのか目を瞑る。その何気ない仕草が美しいとボアは思った。
「同志たちが散っていく中、吾輩は生き残り続けたニャ。運もあったし、吾輩を助けるために死んで行った友も居たニャ・・・数えきれない程の敵と仲間の屍の上に吾輩は立ってるニャ。
そうやって戦って、戦って、戦って、700年・・・やっとここまで来たニャ。
吾輩はボアが食べたパンの数より敵を斬ってるし、ボアが生きて来た時間より永く剣を振ってるニャ。生きて来た全ての時間を強くなるために使って来たつもりニャ。そこまでして手に入れた強さを秘訣や才能なんて言葉で片づけられるのは好きじゃ無いニャ」
そこまで話した所でシリウスは目を開き歩き始める。その背中はどことなく寂しそうだった。
「す、すまなかった! そんなつもりで言ったのでは無いんだ! 許してくれ! シリウス!」
その背を追いながらボアは謝罪を口にする。ボアは真面目な男であるので心無い事を言ったと本気で罪悪感を感じていたのだが、シリウスはと言うと・・・
「気にしなくても大丈夫ニャ。ボアはそんな奴じゃないって事くらい分かってるニャ。今のはちょっと昔を思い出して感傷的になってただけニャ」
ボアの反応は面白いニャ~。もう少し引っ張ろうかと思ったけど可哀想だからやめたニャ。などと二カッと笑いボアの肩に手をまわして来るシリウス。
その様子を見たボアは強いだけでなく器の大きい男だなと新しく出来た友に対し尊敬の念を禁じえずにいた。
それと同時にこれ程の男が何故ダンジョンに加入したのかその理由が気になったが、今の話の事もあり聞くのを躊躇してしまい結局言い出せないまま時は過ぎて行った。
◇
一方ダンジョンマスターはそんなシリウスの戦いぶりを見て開いた口が塞がらない状態になっていた。
「なんだあれ? いきなりインフレしすぎだろ・・・ケット・シー族ってみんなあんなに強いの?」
コアルームのカメラで一緒に観戦していた神父さんに話を振る。このおっさん博識で聞かれた事には何でも答えてくれるのだ。
「いえ、彼はケット・シー族の王ですからね。同じ種族でも他の者と比べれば隔絶された力を持っています」
「ほう」
ケット・シー族は現在ダンジョンに20体ほど滞在していてその殆どがランク不明の猛者である。なので他の者と比べてもと言われてもいまいち強さの差が分かりにくい。
今後の為にもその辺は曖昧にせず管理しておきたい。戦いが終わったら自己申告させて記録しておくか。戸籍も作っておきたい所だ。
「ピンと来ませんか?
そうですね、人間にとって強さとは地位、金、女、仕事、スポーツなど数ある価値観の内の1つでしかありません。
しかしモンスターにとって強さとは唯一絶対に近い価値観なのです。弱肉強食の世界では弱い者は生きて行く事すら出来ませんからね。当然群れの長も血筋などで無く、一番強い者が選ばれます。
つまり今迷宮区に居る各種族の長はその種族最強の者であり、人間で言えば格闘技無差別級世界チャンピオンといった所なのです。
人間に置き換えて考えれば分かると思いますが、同じ種族とはいえ一般人と世界チャンピオンではもはや別の生物といってもいいでしょう。種族の長とはそういった力の持ち主なのですよ」
「な、なるほど・・・」
それにしてもあの強さはねーだろ! とダンマスは思ったがその言葉を口にする事は無かった。今から始まろうとしている長たちの戦いに目を奪われてしまったからだ。




