司書の叫びと断りづらい空気
「説明は以上となる。では長槍部隊への参加希望者は手を挙げてくれ。一応言っておくが強制では無いからな」
これが参加したくない者は挙手とかだと圧が掛かって気の弱い人は嫌々参加したりするんだよな。その辺りは気を利かしたつもりである。
でもこのやり方でも最後の方に残された少数派は流れで多数派の意見に乗ったりするからな。難しい所だ。
「はい! あの! 私参加します! したいです!」
ここで元気よく一番に手を挙げたのは意外な人物、メガネっ娘こと図書館司書(予定)だった。
相変わらずノースリーブから見える脇が目の毒である。こら! そこの男子! ガン見するんじゃない!
「おいおいお嬢ちゃん、無理しなくても戦いは俺らに任せてくれていいんだぜ?」
「そうそう! 適材適所って言葉もあるだろ? 泥臭いのは任せとけって!」
しかし彼女の事を心配してか冒険者の男たちが水を差す。まあどう考えても司書は草食系だしな。
オッサのランク上げツアーの時の話じゃないが敵を殺すってのはハードルが高い気がするよな。
ダンジョンバトルなら止めは刺さなくても戦闘に参加するだけでランクは上がるがそれでも・・・とは俺も思ってしまう。
直接手を下さなくても己の意思でそれに加担すればそれは自分が殺したのと同意だろう。そして司書はそういう事を気にして引きずるタイプに思えるのだ。
「いえ、私やります! 不向きなのは分かっています。でも・・・強くなりたいんです!」
だが司書は自分の意思を曲げる事は無い様だ。この子は見た目の大人しそうなイメージに反してどこか頑固と言うか芯が強い所を感じるんだよな。
司書は冒険者たちに・・・いや、この場の全員に向けて言葉を続ける。
「私このダンジョンに来て思ったんです! 意外とこの世界も捨てたもんじゃないなって!
私、自分はずっと一人だって思ってました。人は一人で生まれて来て一人で死んで行くんだってそう思ってました。
でも違ったんですね・・・このダンジョンの皆さんを見て、話して気付かされました。世界には確かに仲間と呼べる存在が居るって事を。
まだ付き合いは短いですが私は皆さんの事を仲間だと思っています! 私は軽い気持ちでここに残ると決めた訳じゃ無いんです! あの誓いは皆さんだけの物じゃないんです!
私だって強くなりたい! 皆さんを守れるくらい強くなりたいんです! 仲間を守る為なら私だって泥をかぶりますよ!」
その独白を聞き、辺りがシーンと静まり返る。
泥をかぶるか・・・それに近いセリフ、前にどこかで聞いた事があるな。アリスの方を見ると薄く微笑んでいるのが分かる。昔を思い返せば他人事とは思えないんだろうな。シンパシーを感じる者同士親睦を深めてくれれば俺も嬉しい。
「い、委員長がやるんなら俺もやるぜ!」
「おおよ! 委員長は、図書館は俺らが守るんだ!」
沈黙を破り次に手を挙げたのは図書委員たちだ。こ、こいつら・・・と言いたい所だがこいつらも草食系だろうにここで手を挙げる事の出来る勇気は大した物だと感心する。
「おう、俺もやるぜ」
「お、おでもやるぞ・・・」
「僕もやります。と言うよりあんなの聞かされて立ち上がらないのは男じゃないですよね」
「そうね、あんな小さな子があそこまで言ってるんだもの。私だって!」
「き、気持ちで負けちゃダメですよね! 私も頑張ります!」
俺も私もと冒険者だけでなく、建設作業員や物流、庭師など戦闘とは縁の無さそうな者達も次々と声を上げはじめる。
う~ん、嬉しいけどやっぱこういう参加のさせ方って問題ある気がするよな~。流れで嫌々参加してる人が居なければいいんだが・・・
今回は急だったので仕方ないが今後の為に匿名性のあるうまいやり方は無いもんかね~? 例えばダンジョンの機能なんかを使って・・・
俺がそんな事を考えう~んと頭を悩ませている間に全員が手を挙げ終えてしまった様だ。やはりと言うか何というか全員参加である。
もう今回は嫌々参加はやめてくれとか言っても手遅れだろうな。
「全員参加か。正直ありがたいし、今回は皆の言葉に甘える方向で行こうと思う。・・・でもなんかごめんな、断りづらい空気を作ってしまって」
そう言って頭を下げようとした所でちょっと待ったと制止の声が掛かる。
「いえ、いいんですよ。逆に俺なんかはこういうの一人では決断しづらいんで、こういう流れを作ってもらった方が乗りやすくて助かったりしますし」
「ああ、それ分かるわ。一人でやるよりみんなでやった方がいい事ってあるよな」
「それにランクを上げたいって思ってる人は人間の世界には結構居るんですよ。でもなかなかハードルが高いというか」
「だよな。草原までは一番近い町からでも片道二時間は掛かるし、森や山で上げる場合は危険だから引率の冒険者雇わないといかんから金が掛かるしでランク3以上に上げようと思うと時間も金も労力も半端じゃ無いんだよな」
「そうなんだよな~。かく言う俺もランク2で妥協してた口でよ。こういう機会を作ってもらえるのはホントにありがたいと思ってるよ」
「そうそう、大体断りづらい空気になってたと言っても最終的に手を挙げたのは自分なんだからマスターが気にする事じゃないですよ」
「だよね、逆にこっちが気を使っちゃうよ」
「違いねェ! ハハハハ!」
一人の男が笑い始めた所で緩い空気が広がり皆が談笑を始める。しかしあまりゆっくりしている時間は無い様だ。何故なら・・・
『ダンジョンに侵入者が現れました』
ついに奴らが侵入して来たからだ。




