◆戦ってみたい
森の都で活動を始めた響たちに心配していた対人関係のトラブルは何も起こらなかった
理由として5人の実力の高さもあるだろうがそれだけでは無いと俺は思っている
実力だけで言えばランク3時点の響たちより強い者は大勢居ただろう
しかしその将来性も考えると、何かトラブルを起こした場合そう遠くない未来に報復されるだろう事は明白だ
それを避けるにはその場で殺すか、再起不能の傷を負わすか、高飛びするか、いずれにせよ相当な覚悟が必要だろう
ゴロツキの多い冒険者と言えどそこまで覚悟を決めて行動に移せる者は多くない
結果、響たちに待っていたのは平穏なレベル上げの日々だった
それから森の都での4年間の活動により響たちは着実に実力を付け、友好的な知り合いを増やしランクも8まで上がった。順風満帆と言っていいだろう
今年大学を卒業する新人冒険者としての力は5人とも世界でトップクラスだと思う
正直俺が22の時より強いかもとさえ感じる
俺としては恐るべき実力を持つ新世代が出て来たなという思いが強いのだが、信じられない事に5人には自分より強いと認めている相手が居る様なのだ・・・
響は
「この前ランク上げツアーで一緒になった組にオッサって人が居てさ~!ちょっとスパー(スパーリングの略)したんだけど全然敵わなかったよ!あれでほぼ素人とか世の中間違ってるよね~!」
などと負けた事を嬉しそうに話し
春花ちゃんも
「組み技は無理だな。力の差がありすぎるし、意外と反応も速い。と言うか容赦無さすぎるだろ!強いんだから少しは受けてくれって思ってるのは私だけじゃない筈だ!」
そう言いつつも風波家の娘という立場や性別に囚われず全力で向かって来るその相手に対し好意を寄せているのを感じる
七海ちゃんは
「打撃も強いよ。受け技は勿論だけど意外と避けるのもうまい。あと、なんかタフだし・・・」
と純粋に悔しそうだ。打撃と継続戦闘力に自信があるだけに両方で負けたのはショックだったのだろう
「打撃も組み技もまともにやりあっては勝ち目無いだろうな。オッサさんが打撃で来たら組み技。組み技で来たら打撃で応戦といった風に噛み合わない様に戦うべきだ」
「う~ん、でも俺としては打撃で勝ちたいんだよな。もっと言うと逃げずに正面から行って勝ちたい」
「分かる。得意分野で負けるのは我慢ならないよね」
「だろ!七海は分かってるな!」
「分かってる。ゴリにも負ける気はない」
「2人とも言いたい事は分かるが無理だろう。あれは規格外だよ。それに勝つ為に策をめぐらす事は逃げでは無いよゴリ」
「レオンは分かってない」
「だろ!七海は分かってるな!」
「貴様ら、喧嘩を売ってるのか・・・?」
・・・なんて風にレオン君もゴリ君もオッサという男が自分たちより上だと思っている節がある
なんだそんな事かと思うかもしれない
しかし己が努力によって強くなったという自負のある者は現時点での実力で劣っていたとしてもそう簡単に負けを認める事は無いのだ
鍛え直して次は俺が勝つ!という風に逆に心を燃やすのが普通だ
しかし5人はどこかもう負けを認めている様に見えるのだ
他でもない俺が実力を認めた5人が、近い将来俺をも超えていく可能性を秘めた5人が負けを認めているのだ
一体どんな男なのか?会ってみたい・・・戦ってみたい!
その男の話を聞く度にその思いは強くなっていった。そして今回ついに我慢しきれず響たちに呼び出してもらったという訳だ
◇
そして今現在ここに至る。名目上は合同稽古
知り合いの格闘家数人に道場の生徒たち、響に春花ちゃん、七海ちゃんなどが参加している
レオン君とゴリ君は欠席だ
正直試合より緊張している。個人的にそのオッサという男と戦いたいなんて言ったら響が止めるだろうからこの様な形にしたが、こんなに人が集まるとは・・・失敗だったか?
まあいい。この際ギャラリーの目など気にする事は無い。問題はどのようにして喧嘩を売るかだな
単純にスパーリングの相手として指名するのも手だが、練習と真剣勝負では実力が大きく違う者も居るからな
俺の一方的な思いではあるが待ち望んだ戦いなのだ。出来れば相手にも真剣になってもらいたい
金で釣るか?
俺に勝ったら一億やろう!・・・う~ん、なんか違う気がするな。男の勝負という感じでは無い
女で釣るか?
娘(響)が欲しければ俺の屍を超えて行け!・・・どこのバカおやじだ・・・
などと馬鹿な事を考えながらストレッチをして体をほぐしていく
そして合同練習開始の10分前、ガララっと道場の扉が開かれその男は現れた




