◆風波春花
風波誠一は45歳で現役を引退。早期退職し、後進にクランを託し隠遁生活を送っている
誠一は退職後、自身の人生を振り返る事が多くなった
思えば自由を求める為に、何者にも縛られない力を得る為に、様々な者達と繋がりを持つ事となった
そしてその繋がりは隠遁した今でも『付き合い』という形で誠一の自由を奪っている
勿論その中には本当の友人と呼べる者達も居るのだが、99パーセントは仕事上の付き合いと言ってもいい
もう隠遁してんだからほっといてくれと誠一は思うが世間は放っておいてはくれない
毎日のように客は来るし、年末年始となると飲み会やら何やらで大忙しだ
正直そんな物はすべて断ってしまいたい所だが、現役時代に世話になった人もいるしそういう訳にもいかない
自分以外の誰かの為に時間を浪費する日々・・・
自由を求め頑張って来たはずなのにどうしてこうなった・・・とため息を禁じ得ない誠一であった
◇
誠一には35歳の時に出来た子供が居る
名前は春花。歳は今年で10歳、響や七海と同じ学校、同じ学年の生徒である
誠一は進学校やセレブ達が通う様なエリート育成機関と呼ばれる学校に春花を入れる事はしなかった
受験戦争のつらさは自身が嫌と言うほど経験しているので可愛い娘に同じ思いをさせたくなかったのと、エリートたちの様に体裁ばかり気にする人間には育って欲しくないという思い故である
こうして いわゆる誰でも入れる一般の学校に春花は入学する事となった
これは誠一にとっては自身が叶わなかった自由な学生生活を春花に与えてやりたく取った行動だった
しかし春花にとっては・・・
◇
よかれと思って一般の学校へ春花を入学させた誠一であったが、自分の名前の影響力を甘く見ていたのだろう。もしこれが上流家庭(対等の立場)の子息の通う学校なら春花もここまでトラウマを負う事は無かった筈だ
その学校の関係者たちは誠一を恐れ、その娘の春花の事も腫物に触れるような扱いを見せた
同級生たちも同様で皆ヘラヘラと作り笑いを浮かべおべっかを使い接して来る
本音で付き合ってくれる者など誰一人として居ない
そんな生活が続いた結果、春花が人間不信に陥るまでそう長い時間は掛からなかった
反面、春花は学業やスポーツでは突出した実力を示して見せた
理由としては元々の才能もあるだろうが、春花自身勝負事が好きな性格だったというのが大きいだろう
学業では努力すればその成果はテストの点数という分かり易い結果として現れる
だから春花は勉強が嫌いでは無かった
スポーツはそこまで分かり易く結果の出る物では無いが、それでもスポーツで誰かと勝負をしてる間はみんな春花を対等な敵として見てくれている気がした
だから春花はスポーツが好きだった
勝負の世界では家柄など関係ないのだ。ただ個人の実力のみが重視される
春花はそういった実力勝負の世界に魅入られ自らを磨く事に余念が無かった
その価値観と誠一から聞かされた冒険者時代の話が重なり、幼いながらも冒険者を目指すようになったのは自然な流れと言えるだろう
◇
私は人間という生き物が好きではない
みんな父さんが恐いのか私と接する時はヘラヘラと作り笑いを浮かべご機嫌を取って来る
しかし裏では私や父さんの悪口を言ってるのを何度もこの耳で聞いた事があるんだ!
どいつもこいつも表裏の激しい信用のならない醜い奴ばかりだ!
私は出来る事なら自分ひとりだけで生きて行きたいと思っている
現実にはそうもいかないのは分かっているが、出来るだけ人と接するのは避けて生きて行きたい
あんな奴らと接するのはそれだけでストレスになるからだ
他人の為に使う時間はすごく無駄な事だと私は思っている
もし他人の為に働くとしてもそれは代価を求めての事で結局は自分の為だと私は思う
私は他人の為に使う時間は物凄く惜しい
そんな事に時間を使う位なら自分を磨くために使いたい
私の時間は全て私の為の物だ。友人などいらない。私は、私の為に生きて行くんだ
基本的に春花の一日は自己鍛錬に消費される
勝負事が好きな春花は一度でも何かの勝負で負けるとその分野を徹底的に練習し、相手にリベンジする事を楽しみとしていた
だが今の所は目につく相手はあらかたやっつけたので特に目標も無く、歯ごたえのある奴が現れないかな~とか早く大人になりたいな~なんてのんきに考えていた
今いち鍛練へのモチベーションが上がらない。そんな時期である
春花はいまいち冴えない頭で異国語の勉強をしながら学校からの帰り道の堤防を歩いていた
1人を好む春花にとってこの堤防の道は滅多に人の通らない落ち着ける場所だった
しかし今日は普段と様子が違う様だ
川を挟んで対岸の堤防で女の子が2人追われているのが見えた
クラスは違うが同じ学年の女子で確か名前は土鏡響と神代七海だったか
以前から何度かいじめられてるのを目撃した事があるが、最近は誰の入れ知恵か授業が終わるなりすぐに教室を出て先生に付いて行き職員室の前で休み時間を過ごしている
これによっていじめの被害に遭う回数は目に見えて減っている様だった
いじめっ子たちも流石に職員室の前で行動に移す事はしないからな。よく考えた物だ
そして帰りには親が迎えに来て一緒に帰っていたし、いじめっ子たちもこのまま彼女たちの事は諦めいじめも自然消滅するかと思っていたが私の思ってたより執念深かったみたいだな
今日は何か用でもあったのか彼女たちの親は迎えに来ていない様だ
それを好機と見たのか彼女たちの後ろを6人の男子が楽しそうに追いかけている
その距離20メートルといった所か
このままではいずれ追いつかれるだろうな。見た所 響は足が速いが神代は遅い。恐らく響1人なら逃げ切れるんだろうが彼女は神代を置いていく事はしない様だ
「ぎゃははは~待て待て~!」
「待てよ響~!七海~!いじめないから止まれよ~!」
「そうそう!ちょっとしかいじめないからよ~!」
「ぎゃははは!」
「ぜえ、ぜえ・・・響ちゃん・・・」
「6人は思ってたより多かったね。流石に無理かな?でも、今までやられた分少しでも仕返ししてくるよ!七海ちゃんは逃げて!」
「あっダメだよ!響ちゃん!」
神代の制止も空しく響はUターンして男子たちに向かっていく。
なるほどな。何故こんな人気の無い所を逃走してるのか疑問だったが仕返しを企んでいたのか
親が迎えに来ないこの日を好機と見ていたのは彼女も同じだった様だな。だが、6人相手は多すぎないか?
いつもの春花なら面倒事に巻き込まれるのはごめんだと無視を決め込み帰路を急いだだろう
彼女は個人主義で他人と関わる事を良しとしないからだ
彼女が特に冷たい訳では無い。響たちとはロクに話した事も無い他人同然であるし、そんな他人の為に大勢の男子に向かっていく程 正義感に溢れている人間など稀だろう
だがこの時 春花は橋を渡り彼女たちの後を追った
響と七海、2人の姿に自分が体験した事の無いものを見たからだ
それは友情や信頼と呼ばれるもの。春花がそんなものは無いと思っていたもの
それは春花が無視して生きて行くにはあまりにも眩しい存在だった




