届かぬ手紙と始まりの夏
「いいかい、時間は戻らないんだよ。だから、後悔しないように動くんだよ。」
幼き頃に散々言われたその言葉の意味を、その身をもって理解したのはずいぶん後の話。
『あれから4年が経ちました。
今は椿の花が綺麗に咲き乱れています。
おかしいな、貴方と会ったのは夏の話なのに
椿の花を見ると、どうしても貴方のことを思い出してしまう。
…いや、忘れろという方が無理なのかもしれない。
貴方は本当に、狡い人だ…。』
そう書いて、ペンが止まってしまった。これ以上何を書いたらいいのだろうか。考えもつかない。
毎年毎年、椿の花が咲く季節になると僕は決まって手紙を書く。
投函したところでその手紙が届くことはない。それは僕が一番よくわかっている。
だから僕は書き終えたら机の引き出しにしまうことにしている。
「それにしても4年か…あっという間だったなぁ。」
4年の間で様々なことが変わっていった。
日常が180度変わった受験が一番大きかった気がするけれど、僕自身の、性格とかもかなり変わった。
それでも未だに、あの人を想う心は変わらない、いや変われない。
ふっと目を伏せて、少しばかり思い出に耽ることにした。
中学1年の夏の話。
僕は勉強もしなければ部活にも入らないで家でずっとゲームをやっていた。
高校受験なんてまだ先の話だし、当時の僕は特段行きたい高校だとか、将来なになにになりたいとか、そんなものはなかったから思う存分ゲームに没入していた。
そんな生活を毎日送っていたら当然成績は悪い。まれに「ゲームしかやってねぇ」とか言って高得点・好成績をたたき出すやつがいるが、僕はその部類ではなかった。
テストは大体40から50点。うまくいけば60点台で、悪いときは20点台という成績だった。
そして夏休み。やっと毎日ゲームできるんだと喜んでいたのもつかの間、三者面談で成績を知った親が一日図書館で最低3時間勉強してから、という謎の制限をかけてしまったのだ。
「なんなんだよ…。」
カゴに勉強セットの入ったカバンを放り込む。
ギチッ、とスティックアイスの上のところを歯で引っ張り開ける。
進みだしはゆっくりと、だんだん早くして、ギアも重くしていく。
さっさと終わらせてゲームをやりたいんだ。
その焦りがどんどん加速させる。車とぶつかりかけた。
馬鹿野郎、と怒鳴られた。
そっちが見てないのが悪いんだろ、と心の中で舌打ちしながら図書館へ進む。
まだこのときは、ゲームに侵されきった日常が壊れるなんて、思いもしなかった。