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M・M  作者: 短丘優奈
1/5

運命を変える小さな鍵

それじゃあ、今から君の未来を変えてみようか。

 じゃらじゃら、と重たい枷の音が響く。

 灰色の壁に囲まれた何も無い部屋に、ぽつんと人が座っている。

 扉の向こうでせわしなく走り回る監視官を見つめながら、一人の少年がぼうっと考え事をしていた。

 ――何でここに来たんだろう。

 今更こんなことを悔やんでもなんにもなりはしないけど。なにも考えていないと、自分という存在がなくなってしまいそうで少し怖かった。

 ここへ来たのは……もう三か月くらい前だろうか?もしかしたら、まだ数時間前のことかもしれない。自分でもよく分からない。あまり深く考えても駄目なようだ。脳が、うまく言うことを聞いてくれない。もしかしたら眠いのかもしれない。

 手首に繋がれた鉄の鎖を見る。随分錆びていて、長いこと手入れがされてないのだなと思う。こんなものを手入れしているほど、この人らも暇ではないのかもしれないけど。

 鎖は両手両足首にそれぞれ一つずつ付けられて、その先は部屋の一番端に杭で打ち付けてあった。杭の方は、成人男性が少し頑張って引っこ抜こうと試みればあるいは抜け出すことも可能なのかもしれないが、ここに閉じ込められている時点で誰もそんな考えは持っていない。そもそもこの牢屋に大人はいないのだ。

 ガガガ、と鉄を引きずるような重苦しい音が響き、正面が明るくなる。部屋の扉が開かれたのだと気付き、少しばかり身をよじらす。先程と同じ、鎖を引きずる音を誇示するように男が部屋の中に入り、隅の方に寄せられていた鎖の束を持ち上げ、そのまま鎖に繋がれた少年を軽く引っ張った。

「行くぞ。立て」

 ――意識のあるうちは自分で歩けってことか。

 少年がふらりと立ち上がると、男は半分急かすような勢いで鎖を引っ張った。

 ……ああそうだ。頭を動かさなかったから忘れてたけど、そういえば、首にも一つ枷が付いてたんだっけ。






 白い。

 灰色の牢屋を抜けたばかりの少年に、この光は眩しすぎた。

 薄暗いコンクリートの部屋の外は全く別のものだった。近代的で真っ白な廊下が長々と続いている。暗闇で目を慣らしていた少年は無意識に顔を下に向けた。

「さっさと歩け」

 男が鎖をガシャガシャと揺らし、少年に早く歩くよう促す。後ろを見ると、その少年の他にも数人の子供が鎖に繋がれていた。こうやって何人かずつまとめて連れていくのだろう。みんな、生気の抜けた虚ろな目をしていた。

 男のすぐ後ろ、子供達の先頭を行く形で自分も首に繋がる鎖を引っ張られた。ゆっくりと重たい足を進めると、それに合わせて後ろの子供もばらばらと歩き始める。無機質な廊下に、錆び付いた拘束具の音色が奏でられる。

 …………

「僕はどうなるんでしょうか」

 唐突に声を上げると、意外にも自分の声が響いたように感じた。前にいた男は振り向きもせずに、

「さあな。一生実験室でモルモットか、ゴミ捨て場行きだろうな」

と、それきり会話をしようとしなかった。まるで「今更どうあがいてもお前は死ぬんだよ」と言っているようで、そして自分のことなど何とも思っていないという口ぶりだった。実験という名の拷問を受け続け、その束縛された一生の終わりをただひたすらに待つのみか。ゴミ捨て場という名の隔離地域でのたれ死ぬのを待つのみか。結局、どちらに行ってもそこで「自分」という人間が一人死ぬのだ。

 どこに転んでも、死が待っている。

 そんなことは分かっていた。分かりきっていた。ここに来た時点で、既に自分の死は決まっていたわけだ。それでも、ほんの少しの希望をかけてここに来た。例えそれが思い過ごしだったとしても、それにすがる以外無かったんだから。そして今こうなった。捕まって、連れていかれて、『生きながら』死ぬ。全て自業自得だ。

「……ああ」

 なら、ここで死にたいな。楽に殺してほしい。

 ――今すぐに。

 逃げることもしようと思わなかった。ただ、その時は切実に死を望んだ。死にたくないけど、ここで生きることもしたくなかった。殺してほしいと、その時まではそう思っていた。

 ふと顔を上げると、前から人が歩いてくるのが見えた。かっちりとした黒のスーツに身を包み、大柄でしっかりとした体つきの男性だった。しかめっ面で何か考えるような顔をしながら隣をすれ違う。「お疲れ様です」という男の挨拶には反応せず、そのまま子供の列を横切ろうとして、

「…………?」

 立ち止まった。






「待て」

 後ろから聞こえた声に、前を歩いていた男が止まる。

 少年も同時に立ち止まると、後ろもそれにならい足を止めた。コツコツと革靴を鳴らす音が近づいてきたかと思った矢先、スーツの男性はその大きな体を子供達の列の前で止めてこちらを見下ろしてきた。あまりの迫力に一瞬ひるむ。

 男性は男の方を向いて問うた。

「この子らは?」

「今日、署に侵入してきた内の一部です。この他4人は隔離地域に、他3人は実験場行きです」

「そうか。これから仕分けか?」

「そうですね、検閲所の奴らに回して見てもらってから……」

 どうやらスーツの男性の方が地位が上らしく、男は丁寧に返事を選んでいる。この男の上司だろうか?

「…………」

 一通り話を終えた男性が、すっと黙りこんだ。そして一番前にいた少年の方へ向き直ると、その厳つい顔をぐっと近づけた。

「…………」

「…………」

 しばらく無言の見合いが続き、不思議な空気がその場にいた人らを包む。そんな中で先に口を割ったのは男性の方だった。

「君、名前は」

「っへ?」

 突然の質問に頭が回らず、一瞬固まって考えてしまった。

「名前だ」

「……しょ、星汰しょうた、……です」

 たどたどしい言葉で名前を告げると、スーツの男性はそこでやっと顔を上げた。そしてスーツジャケットの内ポケットから小さな鍵を取り出すと、慣れた手つきで少年の枷を外していった。

「え」

「ええっ?ちょ、春夏冬さん」

 あまりにも予想外の動きに、誰もが気を取られた。少年、星汰が我に返った頃には、今まで体中に付いていたはずの枷が足元に散らばっていた。

「連れてくぞ」

「うえええ!?ちょっと春夏冬さん!そういうことするんだったらちゃんと研究機関の方に報告して申請書を出さないと……!」

「あとで俺が何とか言っておく。お前はそいつらをしっかり送り届けろ」

「え、ええ……と?」

「君、ちょっと俺についてきてくれ」

「……は、い」

 呆気にとられる男と鎖に繋がれたままの子供達を尻目に、『春夏冬さん』と呼ばれた男は星汰の手を引き、急ぎ足でその場を立ち去る。急展開についていけない星汰は、ただただその大きくごつごつとした手に身を任せるしかなかった。






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