七美の章 3
スーパー「ナナマル」は俺たちの命の綱の一つだ。
それがどのような原理で動かされているのかは知らないが、とにかく食料が切らされることは全くない。どんなに持っていっても、次の日にはすべて補充してあるのだ。普通のスーパーマーケットであれば当たり前のことではあるが、店員不在のナナマルではそれは異常なことだ。初めてそのことを知ったときはかなり疑問に思った筈であるが、なぜだろう、今となってはそんなことはどうでもよくなってしまった。
「七美君のおつかいかね?」
惣菜パンコーナーにやってくると、メガネをかけた男が声をかけてきた。山崎望。ひょろりとした体つきとその知的な顔つきは、俗にいう秀才的雰囲気を持っている。彼がなぜここに来たのかは知らない。何度か聞いてはみたものの、全く教えてくれなかった。
「山崎も買い物かい?」
「そういったところだね。暇つぶしも兼ねて物色してたのさ。」
君に会えてよかったよ、と山崎は微笑んだ。正直気持ち悪い。
山崎はおもむろにクリームパンを手に取り俺に下投げで渡した。
「七美君が好きなパンだろう?」
「そうなのか?」
「そうともさ。」
僕にはわかる、と山崎は微笑みつつも何故か誇らしげにしていた。やはりコイツはどこか不気味だ。優しいことに間違いはないはずなんだが、そもそもコイツは犯罪者だ。この優しさはどこから出てくるのか?
優しい人間というものは、怒ると豹変するとも言うが、実際のところはどうなのだろう。
「?…どうしたんだい?」
「……」
山崎の問いかけに答えずに彼の瞳を見る。まるで、吸い込まれるかのような眼。眼。眼。眼。眼。
そのうち眼しか見えなくなるかのような錯覚に見舞われる。二重にも、三重にもなってそれは見える。ある種の恐怖のような。
「…金井君?」
「…あぁ。すまない。」
山崎の声で目が覚めたかのように全体が見える。
「金井君、大丈夫か?」
「…大丈夫、だと思う。」
とてつもなく張り詰めていたのか、激しい運動をしたあとのように息苦しくなってくる。
「金井君、手」
「…え?…あ。」
そこで気づく。俺はいつの間にか力が入ってたのか、手元のクリームパンが潰れていた。まるで、雑木がつぶれているかのように。血肉が、血肉が、血肉が血肉が血肉が血肉が血肉が血肉が血肉が血肉が
「金井君!」
「…………」
いや、これはクリームだ。これは違う。
動悸が激しい。息苦しい。かがんでしまう。
吐きそう。
「落ち着くんだ、金井君。」
「…すまない」
結局、収まるまでは30分ほどかかってしまった。突然起きたことなので、動揺を隠せなかった。




