一章め③
どうも、ヒコサクです。
いつも閲覧ありがとうございます!
優しい一面もある永歌さんが大好きです。
「では築様、続理さんをよろしくお願いします」
人気のない、小さな小さな駅のホーム。鈍行列車が来るまでを並ぶ俺と続理ちゃんの隣に立つ永歌が頭を下げた。
「ん、わかった」
俺は小さく頷き、続理ちゃんを一瞥。彼女は緊張しているようで、それを誤魔化すように必死におさげにした髪を指でいじっていた。
そりゃあ緊張するよな。今日会ったばかりのチャラい見た目をした男と二人で暮らすことになるんだから。緊張を超えて恐怖もあるだろう。それでも時折俺の方に控えめな笑顔を送ってくるのは、今までいろんな家にたらい回しにされた経験からだろうか。どうにかして気に入られようとしているのだ。幼いのに頭のよすぎる子だ、不憫なほど。
「続理さん」
続理ちゃんの強張った小さな肩をほぐすような優しい手つきで、永歌が彼女に触れた。
「大丈夫――なんて言っても心配は消えないでしょうから、あえて言いません。頑張っても、言いません。でも、一つだけ言わせていただきます」
続理ちゃんが少し顔を上げる。永歌は、俺には死んでも見せないような穏やかな笑顔をその顔に浮かべた。
「築様を、信じてやってください」
「え?」
どうせまた俺への罵倒だろうと思っていたので、びっくりして情けない声が出た。
「これだけは言い切れます、築様はあなたを見捨てたりなどしません。小指を出してください……指きりです、約束です。もし私のこの言葉が嘘になったら、私はすぐにこの命、絶ちましょう」
ちょっと大げさだろう。そうも思ったが、それほど永歌は真剣に俺を続理ちゃんに認めさせようとしてくれているのだ。やばい、永歌がまぶしいぞ。
「おねえちゃん……」
不安げな瞳で永歌を見つめてから、続理ちゃんが俺に視線を向けた。
「築、さん……? おねえちゃんを死なせないで、ください……」
「もちろんだよ」
俺は腰をかがめて、続理ちゃんと目線を合わせた。そして永歌と同じように小指を出す。
「俺とも指きり。俺は絶対に、ぜっっったいに君を見離したりなんてしないから。俺が破るなんてことがあったら、永歌に言いな? 永歌はね、怒ると怖いんだ」
それこそ、鬼のように。
そう言いかけて口を閉じた。
「鬼」は、彼女の父親なのだから。軽々しく使っていい言葉じゃないのだ。
「なんか、いっぱい約束しちゃった……」
そう言って、どこか恥ずかしそうに微笑んだ。つられて俺も、笑顔を作る。
「私、築さんを信じる……」
「ありがとう、これからよろしくね!」
指きりした手を解いて、今度は握手をする。幼い手の、柔らかなぬくもりが手を通して伝わる。そのあたたかさを感じて、俺はより彼女を護るという意思を強めた。
続理ちゃんが大きく頷いて、大きく笑った。夏を彩る、ヒマワリのように輝かしい笑顔だった。その年相応の笑い方に安堵する。
やがて、アナウンスが流れ、電車がホームに到着した。
「あ、築様?」
乗車しようとした俺を一回引き留めて、永歌が耳打ち。
「ロリコンになったら、こ・ろ・し・ま・す♪」
「心得ておきます……」
☆
ガタン、ゴトンと一定のリズムを響かせる電車の中。
俺と続理ちゃん以外、この車両には誰もいない。
乗車して二分ほど経っただろうか。未だ会話はなかった。
もともと無口な子なのか、それともやはり二人きりだと緊張が解けないのか、ボックス席で俺の真正面に座った少女は、沈黙を通していた。
「つぅちゃん……」
「え?」
いきなり声を出した俺に、驚いたように彼女は顔を上げる。
「いや、折角だし、もっと仲良くなりたいから……つぅちゃん、って呼んでもいい?」
「つぅ、ちゃん?」
「うん。ダメ?」
やっぱ初対面から数時間であだ名はきつかったかー、と思っていると、彼女は慌てて首を横に大きく振った。
「つぅちゃんで、よろしくお願いします……」
少し頬を赤くして、ぺこっと軽くお辞儀をしてくる。
かわええ……何この子、破壊力抜ぐ――いえ、何でもありません。頭の中に颯爽と現れた永歌に俺は思考を止めた。マジであいつ、俺を殺す気だもんな。目が本気だったもん。
「あ、私は、その! 築さん、って呼んでもいいんですか? あ、いや、あのぅ」
「うん、それでいいよ? 他になんかあるなら、それでもいいけど」
「……築おにいちゃ」
「ダメだ、それはやめておこうね」
俺の中のいろいろが壊れるよ、おにいちゃんなんて呼ばれたら。
「築さんがいいなぁ、俺、うん、そう、はい」
早口で否定した俺に、彼女はしょんぼりした表情を見せた。
永歌のことも、「おねえちゃん」と呼んでいたし、一人っ子だから兄弟のようなものが欲しいのだろう。
でも、いかん。これだけはダメだ。
寂しそうな顔に、俺の良心が痛むが、譲れないものは譲れない。だって、おにいちゃんなんて、おにいちゃんだなんて……ヒィィィィハァァッ!! ダメだ、考えが壊れる、頭が崩壊する。冷静な自分、去らないで。
「ごめんなさい」
親しげに呼んだことをダメと言われたのだと勘違いしたのだろう、続理ちゃん、もとい、つぅちゃんが謝る。
やばい、ちょっと心の距離が離れてしまった。
「いやいや、謝んないでー、ね?」
「うぅ、わかりました……」
「ほ、ほら、築さんの方が短くて呼びやすいかなぁて――はっ!」
必死に言い訳していると、あることに気付いた。
そうだ、これの所為で距離が近づかないのだ。
「つぅちゃん、敬語やめようか」
「え? いいんです、か?」
「うん、俺、固っ苦しいの嫌いだし。その方が嬉しいな」
「わ、わかった!」
「うんうん、その方がいいよ。これから家族みたいに、つーか、家族になるんだから」
「か、ぞく?
微笑んで何気なく言った「家族になる」という言葉。それがつぅちゃんの心のどこかに引っかかったらしい。
徐々に明るくなっていた表情は一気に暗くなり、戸惑ったような素振りをした。
「ごめん! 突飛すぎたよね、家族だなんて」
「違う……ダメなの、私を家族にしちゃ……みんな不幸になっちゃうもん」
そのことか。
数秒、対応の仕方を考えた。
俺は右手をそっと彼女の頭に載せ、優しく撫でる。
「それは気にしないで」
「だって」
「俺、人間じゃないから。だからつぅちゃんがどんなことをしても、俺は不幸にはならない」
「オニビト――破繰様? から聞いたよ?」
「そ、鬼人。人間なのに鬼の因子、あー、鬼の成分みたいなのを持つ者のこと。初狩家ではね、数十年に一人生まれるんだよ。まー、詳しい話はそのうちするけど、俺も破繰様も鬼人なんだよね。だからそのー、うん、はっきり言うと」
一度そこで俺は口を閉じて、つぅちゃんの様子を窺った。
彼女は瞳に不安を浮かべながらも、真剣に俺の話を待っていた。
「鬼の血を半分しか継いでいないつぅちゃんの小さな『ノロイ』なんて、俺には効かないんだ。そりゃあ、生粋の鬼に呪われたら、鬼人なんてすぐ弱っちゃうけどね」
「ホント?」
「うん、ホント。鬼、鬼人、鬼と人間のハーフ、人間の順で力が強いらしい。破繰様が言っていた――あの人、言動全てが嘘っぽいけど、これは信じていいはず。曰く、実証済みらしいしね」
どうやって実証したのかは流石に訊いても教えてくれなかったけれど。
「つまりまとめると、つぅちゃんの力は俺には届きません。だから安心していいよ。あ、それにこれがあるでしょ?」
そう言ってポケットの中から破繰から渡されたあの赤いお守りを渡した。
「破繰様がこれの力、強くしてくれたみたいだから。これでもう、つぅちゃんが他の人を傷つけちゃったりすることはかなり少なくなるよ。もしかしたら、なくなるかもしれない」
「そうなったら、嬉しいな……」
そう小さく呟いて、彼女はお守りのひもを首から下げた。
そして恥ずかしそうに視線を逸らしながら、明るい声色で
「なんか、安心しちゃった。これなら……築さんと家族になれる……!」
俺の心を思いっきり殴る言葉を言ったのだった。
いえいえ永歌さん? これは変な気持ちではありませんよ? 父性です、間違いなく父性です。
「迷惑、いっぱいかけちゃうかもしれないけど。これからよろしくお願いします!!」
胸の前で両拳を握りしめて、明るく笑う。
二人きりになって、ついに見せてくれた、愛らしい笑顔。それが、彼女の本来の元気な性格を教えてくれた。
やっと、心が繋がった気がした。
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