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一章め②

どうも、ヒコサクです。


破繰様がお気に入りです、こういうキャラ大好きです。

「築、あの娘を〝安全〟に出来るのはお前しかいない」

 ――は? 何言ってんスか? オトウサマ?

 確か、一週間ほど前に知人の知人の知人の遠縁の親戚から、不思議な体質の少女を押し付けるように預けられたという話は電話をもらった。

 基本、お人よしで子供好きの父さんでも流石に唐突過ぎて断ろうとしたのだが、事情が事情であり、これ以上いろんな家に回されるのは可愛そうだと、彼女を受け入れてしまったのだと言う。

 いきなり昨日「明日日帰りでいいから帰省しなさい」と告げられ一人暮らしをしている地方都市から、鈍行列車でつい一時間ぐらい前に帰ってきた。そうしたらすぐに父さんの部屋に呼ばれ、「お前があの娘を預かるべきだ」という話にいつの間にかなっていた。

「いやいやいやいや! おかしいっしょ!? 父さんが預かるんでしょうがッ!」

「しかも都合のいいことにお前の家から、彼女が以前通っていた小学校まで近いんだよ」

「無駄に都合よすぎだろうが!! おい!」

「昔から教えていただろう? 何より偶然は恐ろしい、と。それと、お前に拒む権利はないからな?」

「何で? 何で俺拒めないのッ?」

「ふざけるな!」

 一喝。別にふざけていないのだけれど。むしろ真剣そのものですけど。

 父さんは一息吐いてから、バンッと畳を思いっきり叩いた。

「お前は今まで私のミルクプリンを五回も盗み喰っただろう! だから、権利なし! 今まで目をつぶっていたが、やはり許さん! 絶対命令だ、彼女の面倒を見ろ!」

それとこれがどう繋がるんだ。ああ、それも俺が盗んだのは二回だけだ。あとは永歌だと俺は知っている。あの悪女め、どこまで俺を苦しめれば気が済むんだ。しかもごみを俺の部屋に捨てていくという徹底ぶり。

それより、彼女が俺を罰する道具と化している。何気に失礼な事を言っていることに、全く気付いていないようだった。

「それに」

「それに?」

 頭を抱えて正面の父さんを睨み付けると、まるで諭すように静かに目を伏せられた。


「鬼の子を鎮めるのは、鬼が最適だろう?」


 落ち着いた声で言い、薄く笑みをつくる。

「…………………………なら……破繰でいいじゃねぇか」

 その表情が出す威圧感にぐっとこぶしを握りながら、験しに訊いてみた。

「破繰だとちと凶暴だからな。となると、お前しかいない。それに、お前の人生を決めるのはお前だしな」


 話の流れから見ておかしい最期の言葉に、ああ、と俺は気が付く。ミルクプリンがどうとかではない、父さんの狙いに。

 俺はこれから試されるのだ。

 俺の人生を決めるため。

 人でないその「生物」の、道を決定するため。

 

 すべてを悟ってしまった俺は、「わかったよ、預かるから」としか言えないのだった。


「ってか、俺まだ十七なんですけど」

「そこらへんの細かいことがこの初狩家に通用すると?」

「ですよねぇー」


                ☆  


「破繰様、入りますよ」

 離れの地下室。そこに、破繰という人物はいる。いる、というか、囚われている。

 正直言って、俺は奴が大の苦手だ。きっと、この家にいる人間、一人として好いてはいないだろう。

 本人もそれには気が付いているみたいだが、全く気にしてはいないようだ。曰く「そんなことに反応していたら、百年も生きていられないよ」とのこと。

「んー、築くん? どうぞどうぞ」

 やたらと好意的な声が聞こえてきた。奴から発せられたその感情が、俺に冷や汗をかかせる。

 初夏の熱で温くなったドアノブをひねり、中に入る。

 室内は、異様に冷たかった。それはクーラーと言う文明の利器がもたらしているものではない。破繰自身が空気中の「気」を操って自分の好きな温度にしているのだった。

 相変わらず「人間」じみていない。まあ、そりゃあそうか。奴は


正真正銘    人外    なのだから。


癖のある黒髪から覗く「角」。ニヤーッと笑う口から窺える「牙」。全体的に見て、二十代から三十代の男性に見える奴の足には、何重もの足枷が巻いてあった。

「お久しぶりです」

 奴からきちんと適度な距離をとりつつ頭を腰を下ろすと、

「ほんと、築くん、ヌシのこと嫌いだよね」

嫌味っぽくも、悲しそうでもない口調で奴は言った。

 ちなみに、何故一人称が、一人称でなく二人称なのかは不明である(奴の所為で、俺は「ヌシ」が一人称だとずっと思っていた)。

「それなりに、嫌いですね」

 率直に言うと、奴は口を尖らす。

「ひどいなぁ……ヌシと築くんは、唯一の『同士』なのに」

 『同士』だと……?

 その言葉に俺は無意識に奥歯を強く噛んだ。険しくなりそうな表情を、瞬き数回で抑える。

「やめてください、気味が悪い」

「んー? 築くんがあの娘を預かるらしいね」

 ニヤニヤニヤニヤ。

 奴が、楽しそうに、面白そうに笑う。

「だから何ですか?」

「それって将来的に餌にするってこ――」


「黙れ!!!」


 俺は考えるよりも先に叫んだ。

 叫ばずには、いられなかった。

 破繰なんかにこんなことを言っても、無駄であることなんて解っているのに、俺は感情のままに大声を出し続けた。

「ふざけるな、俺はあんたみたいにならない! 死んでもならない! あんたのように喰っ」

「うるさいよ、糞餓鬼が」

 奴の小さな声で言ったその言葉が、俺の叫びに重なった。

 破繰がその顔から笑みを抹消して、冷たい瞳で俺を見据える。

「ぎゃあぎゃあ騒げるのも今のうちだ。まったく……この話になるとすぐ取り乱すのは、幼い時から変わってないね。ま、ヌシも部屋に呼んでおいていきなり冗談がキツかったかな」

「冗談……」

「そーだよ、ちょっとからかってみただけ」

 再び笑顔になってそう片手を振る。

 冗談で済まされる話じゃないのに、ふざけるな。俺はまだ気持ちを落ち着かせることが出来なかった。

「さっきの言葉、訂正します。俺はあんたが大嫌いです」

「ハハハ、いいねぇ、いいよ、その目つき。そうヌシを嫌って嫌って、最終的に大っ嫌いなヌシと同じになった自分を嫌いな」

 満面の笑みで、そんなことを言う。

「…………それも、冗談ということでいいですね」

「そだね、そういう風にしてもいいよ。で、いろいろ遅くなったけど、ヌシが築くんに話したかった本題に入ろうか。あの娘の話なんだけど、彼女の体質については聞いた?」

 そういえば、父さんは電話で続理ちゃんのことを「不思議な体質の少女」と言っていた。つい、彼女が普通の女の子に見えすぎて、忘れかけていた。

 とりあえず、今時点で俺が彼女のことで知っていることは三つだけ。

 一つ、愛らしい小学生の女の子であること。

 二つ、これから俺と一緒に暮らしていくこと。

 最後。父親が鬼であること。

 鬼――俺らの住むこの世界とは異なった空間に棲む、「人間」にない、ある「能力」を持つ人種。

 俺もあまり詳しいわけではないので、簡単に言うとそんな感じであろう。

 彼女の父は、世界同士の揺れによって人間が鬼の世界に、鬼が人間の世界に行ってしまったりする現象「空間交差」でこの世界に来てしまった鬼らしい。父さんはそう言っていた。あくまで「らしい」と言うのがどこか引っかかってはいるが、今それは問題ではない。

 どうしたら人間と鬼の間で子が生まれるのか、という経緯・事情なども不思議だか、それは受け入れるしかないのだろう。現に神澤続理という鬼の血を引く少女がいるのだから。

 そんな彼女の体質――? 単に忘れていたのか、それとも破繰に説明を任せようと考えていたのか、父さんは特にそのことについては言っていなかった。

「聞いていません」

「んじゃ、築くん。鬼の持つ『能力』はわかるよね?」

 肘を膝に乗せ、その手に顔を載せた格好で、下から覗くように奴は見てきた。

「彼らは、自身やその周囲で創られる、怨念、悲しみ、怒り、祈り、想い――そういった感情を空から取り出し、『ノロイ』『マジナイ』に変化させ、自身の四肢同様に操る――このことですよね。確か、呪操。そんな名前だったはず」

「では正解した築くんに、教えてあげよう。あの娘はね、その呪操が体質なんだよ」

「……?」

 ピンと来ずに首を少し傾けると、破繰は俺が理解できていないことが嬉しいようで、口角を限界まで上げた。

「自動呪操、とでも名付けようか。ヌシが視た限り、あの娘はそんな体質をしている」

 ぞくっと、嫌な予感が頭の中を走った。

「つまり?」

 恐る恐る、続きを促す。

「簡単に言うと、感情の大幅な揺れにより、本人の意思に関係なく『ノロイ』『マジナイ』が発動する……んー、そんなところかなー」

 癖毛をいじりながら大事でもない風に破繰は言った。

「それも厄介なことに、心身ともに未熟すぎて、あの娘は『負』の方の感情しか呪操出来ていないみたいなんだよね」

 最悪のことも、軽く告げた。

 対して俺は、動揺を隠せなかった。

 続理ちゃんは、爆弾を抱えているどころじゃないのだ。爆弾、そのものなのだ。

 思っていたよりも深刻な彼女の事情に、ごくりとつばを呑む。

 悲しいことがあって、泣けば――あの子は無意識に周囲を呪う。

 俺は頭を抱えていた。

 そして、父さんの言っていた「あの娘を〝安全〟に出来るのはお前しかいない」と言う言葉を思い出して、納得した。

 あれは、彼女を護るという意味ではなかった。むしろ、彼女から周囲を護れ、と言う意味なのだ。

 身体が、震える。

「ん、怖気づいちゃった? 大丈夫でしょ、築くんやヌシには『免疫』があるんだし。君があの娘に殺される可能性は、限りなく零に近いよ」

「そういうことじゃねぇ……です。俺は、俺は……彼女を支えてやれるかが、怖いんです」

 珍しく奴に弱音を見せた俺。それほど、俺は狼狽していた。

 しかし、すぐにあることに気が付く。


 続理ちゃん本人の方が、苦しいのだ。


 まだ十つそこらの彼女は、まだ自分の体質について深く理解はしていないだろう。ただ、自分が泣くと周囲が苦しみ出す、それしかわかっていないはず。

 可哀想。そんな程度ではないのだ。そんな言葉で済まされるような、ものじゃない。

 俺は両手で音が鳴るほど頬を強く叩いた。

 ヒリヒリと言う痛みを堪えながら、破繰を睨むように見つめた。

「やってやりますよ、彼女を、彼女から護ってみせますよ」

 強い決意を、声にする、口から流す。

「ハハッ、いいねぇ。若いって!」

 破繰は手を叩いて喜んだ。少しその態度がやはり苛つく。

 俺は一度拳を握って、自分の意を確認し、立ち上がった。

「ま、頑張ってね、築くん!!」

 何とも愉快そうに手を振ってくる。

 失礼します、と軽く頭を下げて俺が出ていこうとすると、奴はいきなり「あっ」と声を上げた。

「何ですか?」

 振り向くと同時に虚空で放物線を描いた何かが俺のもとに飛んできた。慌ててキャッチすると、それは長い紐のついた、古びた、丸く真っ赤な

「お守り?」

「そ。あの娘の力を抑えるものらしいよ、生まれた時から持っているみたい。きっと父親が与えたんだろうね、鬼の匂いがした。それのおかげで、あの娘は今まで生きてこられたのだろう……うん。力弱っていたから改良しておいたんだ、ヌシ、優しいでしょ」

「なるほど……ありがとうございます」

 俺の心のこもったお礼に、奴は一瞬目を丸くしてから微笑む。

「じゃあね、また来てね!」

「出来るだけあんたに逢いたくないので遠慮しておきます――じゃあ」 

 作り笑いで返し、俺は今度こそ冷たい空気の踊るその部屋を出た。

 手には、しっかりお守りを握りしめて。


閲覧、本当にありがとうございます。

これからも愛読していただけると嬉しいです!!

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