第5話 カノジョ
「あっ! シュウいたぁ!!」
見事なほどに勢いよく振り向いた女と目が合う。
かと思えば次の瞬間には、彼女は満面の笑みでシュウに向かって大きく手を振った。
ピンク色のスーツケースをその場に残したまま、彼女はいそいそとシュウのもとまで駆け寄ってくる。
パーマのかかった茶色いショートボブが跳ねるように揺れ、流れるような動作で彼女はシュウの腕に自分の腕を絡めた。
「よかったぁ♪ シュウがみつかって!」
満面の笑みで自分を見上げる櫟原エリカの姿に、シュウはおもわずため息をつきたくなった。
(あんのバカ! なぁにが『妹には黙っとくから安心しろ!』だ。しっかり口すべらせてんじゃねぇか!)
心の中で友人に悪態をつくも、あとの祭りである。
へらへらと苦笑いしながら大して悪びれる様子もなく謝る友人の姿が容易に想像できた。
「シュウってば、なぁーんにも言ってくれないんだもん。エリカはシュウのカノジョなんだよ? 隠しごとはなし、って約束したのにぃー」
「はいはい、悪かったよ」
けっして豊かとは言いがたい胸をぐいぐいと腕に押しつけてくるエリカに対して、シュウはもう片方の手で自身の後頭部を掻いた。
「もぉー、なんでエリカに教えてくれなかったのぉー?」
辺りに反響した甲高いエリカの声に反応して向けられた、周囲からの視線が痛い。誰かが舌打ちしたような気がしたのは、きっと気のせいではないだろう。
「あー……なんかバタバタしてて忘れてた」
「シュウってばおっちょこちょいなんだからぁ♡」
まさか本人に向かって、「関係を自然消滅させようとしてました」などと言えるはずもなく。
シュウは当たりさわりのない返事をして、放置されたままのエリカのスーツケースを指さした。
「つーか、あの荷物なに?」
「えー? なにって、エリカも一緒に行くの♡」
「は? なんで?」
「なんで、って……だってエリカ、シュウと一緒にいたいもん!」
「…………はぁ~、お前さぁ……」
それがどういうことなのか、己のカノジョを自称するこの女は理解できているのだろうか。
「今からでも遅くねぇから、お前は家に帰れ」
「いや!」
「帰れって。兄貴にはオレから連絡しとくから」
「ぜったいに帰らない!」
「っ、遊びに行くんじゃねぇんだぞ!?」
「わかってるもん!」
「最悪、死ぬかもしれねぇんだぞ!? わかってんのか!?」
「もう決めたの! エリカも一緒に行く!」
かたくなに言うことを聞こうとしないエリカに、もはやシュウも観念するしかない。こうなってしまった以上、聞く耳を持たない彼女を説得するのは至難の業だ。
「……っはぁ~。ったく、もう好きにしろよ。オレは知らねぇからな」
「えへへっ、シュウならわかってくれると思ってた♡ シュウもエリカと一緒にいたいでしょ?」
「はいはい。わかったから、とりあえず離れてくれ」
「えー、だってエリカ寒いんだもん」
「知るかよ。んな格好してっからだろ」
ここぞとばかりにすり寄ってきたエリカの、甘ったるい香水のにおいが鼻についた。
(……苦手なんだよ、このにおい)
惜しげもなく露出されたエリカの肌を視界に入れながら、シュウはもはやため息をつく気にもならなかった。
「ねぇシュウ、迎えの車って……アレ?」
予定の時刻を少し遅れて到着したマイクロバスは、ぬかるんだ地面に車体を揺らしながら、空き地の中へと躊躇なく乗り入れられた。
その様子を派手な爪で指さすエリカに、シュウは「そうなんじゃねぇの?」と返す。この状況で、あのバスが無関係などとは到底思えまい。
するとエリカは、どこか落胆したように息を長く吐き出した。
「なんかさぁ、『軍隊』ってかんじじゃないねー。あんなので戦うの?」
「んなわけねぇだろ。だいたい、民間組織なんだから軍隊でもねぇし」
「ふーん」
あきらかに熱の冷めた声色でスーツケースのふちをなぞり始めたエリカに、シュウはそこはかとなく嫌な予感がした。
「……お前、ちゃんと募集要項読んだ?」
「知らなぁーい。シュウがいるなら大丈夫かなって」
案の定である。この調子だと、ちょっと遊びに行ってくるくらいのノリで家を出てきたに違いない。
「……お前の親に、なんて説明したらいいんだよ」
「なにが?」
「……はぁ~、なんでもねぇよ」
エリカに知られたくない一心で友人にもくわしく話さなかったことが、まさかこんなところで裏目に出るとは。
シュウの行き先が志願兵みたいなものだと知っていれば、さすがの友人も妹を止めただろうに。
(逆に、あんな少ない情報でよく突き止めたよな。オレもスカウトされてなきゃ、こんな組織があるなんて知らなかったし)
友人に話したのは、就職先が決まり町を離れること。民間とはいえ、そこが国の委託機関であることくらいだ。
とはいえ、状況的にあまり連絡が取れなくなるかもしれないと言及したのは失敗だった。
なんだかんだ妹に甘い友人は、ついそのことを心配して口をすべらせたのだろう。
そのせいで、シュウはエリカとの関係を切る口実を失ってしまったのだから。
(オレに直接聞いてもはぐらかされるって、こいつはわかってたんだろうな)
さすが、「シュウのことならなんでもわかるもん♡」と豪語するだけのことはある。
シュウの胸板に背中を押しつけ、「寒い寒い」と言いながら腕の中に収まろうとするエリカのつむじに向かって、シュウは小さく息を吐いた。
「ねぇシュウ。あの人たちも参加するのかなぁ?」
強制的に前にまわされた腕をほどこうともせず、シュウはエリカが指さす方向に視線をやった。




