第28話 フルーツミックス
「ごちそうさまでした! もうおなかいっぱいですー」
見事なまでに完食された食器を前に、ツカサはぱちんと両手を合わせた。
満足げな笑顔に、キョウヤもおもわず笑みを浮かべる。
「いっぱい食わなきゃでかくなれねーもんな。おちびさん」
「ちびじゃないですー」
唇をとがらせてお決まりの返しをすると、ツカサは席を立ってトレーを手に取った。
返却口をゆっくりと流れるベルトコンベアが、トレーごと食器を厨房の奥へと運んでいった。
「この前の健康診断で、身長が五ミリ伸びてました! 成長期です!」
えっへん、と胸を張るツカサに、キョウヤは「よかったな」と言いながら自販機のパックジュースを差し出す。
「わあっ、フルーツミックス! これ大好きなんです!」
にこにこと笑みをこぼす彼女は、大事そうに両手でパックジュースを受け取った。
続けざまに違うジュースをもう二本を購入したキョウヤのうしろを、まるで子ガモのようにツカサがついていく。
長テーブルの間を歩きながら周囲を見渡せば、ピークを過ぎたとはいえ、食堂内はまだ休憩中の職員たちでにぎわっていた。中には今からランチタイムであるらしい真木や小畑の姿が見える。
「あー♡ こんにちはぁ」
鼻の奥から抜けるような猫なで声に足を止めると、テーブルをはさんだ先でエリカが二人に向かって小さく手を振っていた。その隣にはシュウの姿もある。
「おつかれさん。お前らも昼メシか」
「そうなんですぅ。シュウってばなかなか部屋に来てくれなくってぇ、こんな時間になっちゃいましたぁ」
そう言って、エリカはシュウの左腕に体を密着させた。
迷惑そうにエリカを一瞥するシュウの表情は、どうやら彼女には見えていないらしい。
過剰なくらいべったりとシュウに寄り添うエリカは、テーブルの向こう側で立ち止まったキョウヤとツカサの姿をまじまじと眺めていた。
「えーっとぉ、ツカサ、ちゃんだっけ? なんかぁ、歳が近いから仲良くしろって言われたんだけどぉ」
まるで狙いすましたかのように小首をかしげながら、エリカがツカサに向かって笑いかける。
「よろしくね♡」
だがツカサは、なぜかエリカの視界から逃げるようにキョウヤのうしろに隠れてしまった。
(……あー、昨日の出撃で揉めたんだっけか)
ツカサの彼女らしからぬ行動に思い当たる節を探して、キョウヤはひとり納得した。
くわしく事情を聞いたわけではないが、おそらく目の前のエリカに対するハルとホノカの嫌悪感が、ツカサにも伝染してしまったのだろう。二人を姉のように慕っているからこそ、ツカサが影響を受けるのも致し方ない。
「わりぃ、ちょっと調子悪いみたいなんだわ」
キョウヤはさりげなくフォローを入れたが、エリカは一瞬で気分を害してしまったようだ。
不機嫌そうにムスッとしたまま、彼女はツカサを見下すように冷たい視線を送っていた。
長身なキョウヤのうしろでうつむいている本人にその表情が見えていないことがせめてもの救いであろうか。
「てゆーか、今日は違う女の子連れてるんですね」
「……は?」
とたんに鼻で笑ったエリカが、今度はキョウヤを見据えて言い放った。
「やだぁ、とぼけちゃってぇ」
一転、エリカは表情をなくして目を細める。
「あたし、見たんだから」
彼女はいったい、なにを見たというのか。
検討もつかない三人は、黙ってエリカの次の言葉を待った。
自分に注目が集まっていることに気分を良くしたのか、エリカはもったいぶるようにフフン、と鼻を鳴らす。
「昨日の夜、あなたがあのハルって人と仲良く同じ部屋に入っていくの。もしかしてぇ、朝まで一緒だったんじゃないのぉ?」
探るような笑みを浮かべて、エリカは下からキョウヤを仰ぎ見た。
「…………だったらなんだ」
一瞬の沈黙を破ったキョウヤの言葉に、シュウとツカサはおもわず彼を凝視する。
当のキョウヤは、先ほどとはうってかわって冷めた目をしていた。
「おいっ、それどういうこ」
「おつかれさま」
口をはさもうとしたシュウの言葉を遮って、落ち着いた声が割り込む。
遅いランチをトレーに乗せたアキトが、のんびりとした足取りでキョウヤの隣で立ち止まった。片手でバランスよくトレーを持ちながら、彼はずり落ちてきたメガネの位置を直している。
「アキト、ハル知らねーか?」
シュウから視線をそらすことなく、キョウヤはアキトにたずねた。
先ほどまでの彼らの会話が聞こえていたのか、いないのか。
アキトはいつもと変わらず人の良さそうな笑みを浮かべている。
「ハル? 見てないけど、たぶんいつもの場所じゃないかな?」
「そっか、さんきゅな」
ならば向かうべき場所は決まっている。
キョウヤはきびすを返すと、まっすぐに食堂の出入口へと歩を進めた。
「あっ、キョウヤさ」
「ツカサ」
おもわずキョウヤを呼び止めようとしたツカサを、アキトの声がやんわりと引き留める。
「ごめんね。ちょっとトレーニングメニューについて相談があるんだけど、いいかな?」
有無を言わせぬアキトの言葉尻に、彼女は小さくうなずくしかない。
足早に小さくなっていくキョウヤのうしろ姿を、ツカサは切なげなまなざしで見送っていた。
両手で持ったパックジュースが、少しだけぬるくなったような気がした。




