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男が居たあたりが蛍光灯の何倍もの光に包まれて、直視が難しくなって目を閉じる。再びおっかなびっくり開けたときには、そこには人っ子一人見当たらなかった。広場に取り残された人間たちは今の不可思議な現象に口をあんぐり開けたり、自分なりの見解を知らない言葉で捲くし立てたり、収拾には時間がかかりそうだった。振り返ると奈々華のお友達二人は、意外にも面食らっていなくて、沼田は「マジであったんだねえ」なんて呑気な言葉。乾さんは相変わらず何を考えているのかわからない、ポケッとした顔で俺を見上げていた。
「場所を変えよう」
周囲にもう一度目をやって、さっきの着物の男が「妖術じゃ」と騒いでいて隣の俺達と変わらないくらいの年恰好、服装の女の子が呆れたようにそれを見つめていた、俺は小さく二人に告げた。
場所を移動したのは、二つの理由からだった。あの広場で数人の人間はこのゲームの本質に気付き策を弄するならこの場だと直感的に悟っている雰囲気があった。狡猾で抜け目ない人間のいやらしく光る目に俺は人一倍敏感であると自負している。まあ何の自慢にもならないけれど。もう一つは広場からこっそり抜け出した人間達。彼らは逸早く職業斡旋所に向かったのではないか。説明をした男はどれくらいの仕事が提供されているかは明言しなかった。最悪この街の斡旋所には参加者全員が職に就けるだけの数がないかもしれない。就けたとして、割のいい仕事はやはり早い者勝ちで、チンタラしているとポンカスみたいなしょうもない仕事しか残っていない可能性もある。そんなわけで俺達は職業斡旋所を街のロボットに聞いてそこへ向かっているところだった。
「マジの異世界っすよ! ヤバイヤバイヤバイ。すげえテンション上がってきた」
若さってのはある意味武器だな、なんて老いた考えも浮かぶのも仕方ない。通りを下りながら四人は並んで歩いていた。もっとも奈々華は俺に背負われているから、西日に伸ばされた影は三つだが。
「っていうかやっぱり奈々華とお兄さんなんすね」
「何がだよ」
茶化すような声音と、悪戯っぽい笑み。
「あれ? 聞きませんでした? このパートナーってのは色んな世界の色んな時代の人間の中から一番相性の良い人間同士が選ばれて、異性なら恋人同士、同性なら親友同士になりやすいって統計があるらしいっすよ」
奈々華の身体がピクリと動くのを背中で感じた。
「何の冗談だ」
「聞かなかったのかあ。ウチ等は真っ先に聞いてみたんすけどね」
なるほどそれぞれあの広場に集められる前に、事前の説明は受けたようだ。そして俺がホームセンターのことを聞いているうちに、彼女等はパートナーの選考基準について聞いてみたようだ。
「どうしようお兄ちゃん。私達恋人になるんだって」
ならねえよ。落ち着け。統計なんてものを真に受けるんじゃない。奈々華を諌めようと口を開きかけた時、ふと乾さんが沼田の手を掴んでいるのが見えた。アレ、そっち系? なんて思っていると、乾さんの指が沼田の手の平の上でするすると動く。何か文字を書いているようだった。
「ああ。そうだねサナ。ウチが勝手に聞いたんだよね」
コクコクと乾さん。寡黙にも程度があって、その行動は既にそんな言葉で括れるほど単純ではなくて、まさかと思う。
「サナは口が利けないんですよ」
沼田がなんでもないような口調で言った。そこに何らの感情もなくて、ただ厳然たる事実を告げただけという空気を出していた。ああ、と俺は思った。既に見当のついていた乾さんのことより、沼田の方にこそ俺は感嘆した。そういう気遣いが出来る子なんだと。ついで奈々華の慧眼に感服せざるを得ない。染髪を禁止している進学校において、彼女は間違いなく不良のレッテルを貼られているだろう。だけどそんな見てくれじゃなくて、奈々華は本質を見抜いていた。そして俺は自分が恥ずかしくなった。
「舌が生まれつき良くなかったらしくて、音を出すことは出来るんですけど……」
「ああ、そうなんだ」
俺もなんでもないことのように返した。もしかして、沼田は乾さんが俺に見られていることも承知で先の行動をしたことの真意を読み取ったのかもしれない。俺を信用してくれたのか、はたまたこの流れの先を読んで共闘の可能性を感じたのかはわからないが、そうなると乾さんもとても賢く大人だということになる。何だよ、何だよ。妹のパンツ覗いたり、AVに心躍らせたり、ガキは俺じゃねえか。だけど恥ずかしさよりも嬉しさが増してくる。
「これからも奈々華と仲良くしてやってね」
自然と口が動いてそんな言葉を吐いていた。二人は不思議そうに顔をしばらく見合わせて、それでも最後には笑って頷いてくれた。