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何か疲れてませんか? というサナちゃんの手文字に俺は曖昧に笑って誤魔化した。奈々華の卑劣な策略により、二日間にわたる謹慎処分を甘んじて受け入れる羽目にあったのだ。それは疲れもする。彼女の言い分はよそ様に迷惑を掛けるくらいならずっと家に居なさい、という主旨だったが、実際得をしたのはあっちの方で、四六時中ベタベタと甘えてくる奈々華をあやすのにこちらは精根尽き果てたといったところ。しかもあの晩俺の方から気安く抱きついてしまうという、今となっては愚行以外の何者でもない暴挙を犯してしまった手前、奈々華の方からのスキンシップも邪険にするわけにもいかず。おかげで愛おしさと鬱陶しさが、引いては寄せる波のように交互に胸に去来する日々を重ねた。

ならばそんな忠告など無視して外へとエスケイプすればよかったのではないかという話になるが、これが卑劣極まりないことに、奈々華はそれを無視した場合、カナやサナちゃんに事件の顛末を話して笑いものにしてやると恫喝してきたのだ。別に警察に捕まったことくらいは話されても痛くも痒くもないが……

「警察の人に怒られて凹んで、私に抱きついてきたもんね。子供みたいに」

嬉しそうに笑いながら言ったその一言で、忠告は強制力を持った命令へと変貌したわけである。流石の俺でも一応羞恥心なるものはあるわけで、そこを怒らせずに且つある程度の威嚇になる加減で玄妙にくすぐる辺り、彼女は存外小悪魔。そしてそういった事情を話すに話せない俺は笑うしかないのだ。

<何か足怪我したって聞きましたけど、それが原因ですか?>

右手を握ったままのサナちゃんがそう書く。ちなみに左手は奈々華と繋いでいる。どんだけお兄ちゃんのこと好きなんだよ、という話だ。

「ああ、実は深い事情があってな……」

<自分で傷つけたんですよね。何か臭くて腹が立ったとか>

「……」

無言で左の奈々華を見る。知れ渡っとるやないか。ちょっと睨むが、彼女の方はキョトンとしている。サナちゃんとの会話は、仕方ないことだけど、当事者同士にしかわからない。

<もう大丈夫なんですか?>

首肯しておく。幸い十分な静養と奈々華の余りある癒し効果によって歩行は勿論、軽く走る程度では痛まないくらいには回復していた。それは良かったという感じに笑って、サナちゃんは手を離す。お話は終わり。少し前を歩くカナの方へと足を速めて追いついていった。サナちゃんはあまりウチに遊びに来なくて、最近はほとんど話す機会が持てなかったから少し残念な気がした。今だってウチに遊びに来て会ったわけではない。そう、今日は久しぶりに異世界へと誘われていた。



朝起きると見慣れぬ風景、というのも久しぶりの感覚だった。寝ぼけていたらしい俺が変な寝言を口走ったそうで、何か動物か子供でも見るように優しい目で笑う三人を起き抜けに見るのも随分久しぶりの経験だった。しばらく眠気を振り払う大業に従事していると、

「お祭始まってるみたいだよ」

カナがそう言って窓の外を指した。みたいだね、と返して少し窓の外を窺う。視覚に頼らずとも祭の始まりは今この街に居ればすぐに気付くことが出来る。ドンドンと地鳴りのように重低音が、起きてからこっち間断なく響いている。街の至る所で楽器が鳴らされているのだ。そのドンドンの正体は、木の筒に動物の皮を貼り付けたものを打ち鳴らして音を出す楽器が奏でるもので、まあ普通に太鼓と構造も音も同じ。少し俺達の世界のより細長いらしく、言われて見ればちょっと音が高いような気もする。

「さっきパンフレットみたいなのをメイドさんが置いていってくれたよ?」

奈々華が紙の冊子をひらひらする。

「メイドさんか…… 早起きしておくんだったな」

「おばさんだよ?」

「……ない、かな」

「なあに? 今の間?」

無視して奈々華の隣に腰掛ける。ベッドが二人分の重さに少し軋む。このホテルとも民宿ともつかない宿泊施設はかなり年季が入っていて、掃除などは行き届いているものの、家具類は古い。パンフレットを覗き込むと、演目や会場の案内、昨年の祭りの風景のスナップ写真なんかが載っている。こんなのがあるならもっと早く持ってきてくれても良いのに、と思う。ああそうか。こっちに来るのも数日ぶりなんだった。ひょっとするとそのメイドさんの方からすれば、何度か部屋を訪ねて留守だったのがやっと今日捕まったという事情だったのかもしれない。

「ねえ、アタシたちも外に出てみませんか?」

カナは意外とこういった催し事が好きなのか、さっきからソワソワしている。サナちゃんは俺と入れ替わって眼下の風景をぼんやり眺めているようだ。

「そだね。まあ折角だし廻ってみようか」

いつの間にか俺の膝に頭を乗せていた奈々華の頬をくすぐって、立つよと合図する。

「お兄ちゃん、目やにが信じられないほどついてるよ」

「つけてるんだよ」

洗面所で最低限身だしなみを整えて、街へと繰り出すことにする。鏡を見て眦を擦っている間、何となく予感した。長い一日になりそうだ、と。

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