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興味を持つ事柄以外にはまるっきり門外漢。これは人間なら誰しもある程度は仕方のないことではあるとは思う。好きこそ物の上手なれ、とはちょっと違うかもしれないけど、知識造詣を深めるにもその事柄に対して興味があるというのは非常に大きなファクターを担うのは間違いない。趣味とはそういうものである。そしてまた、そういった興味、探究心のベクトルが違いすぎると理解に窮する、理解されることが困難な場面にぶちあたったりする。

同性であっても俺の理解の範疇を超える趣味趣向を持つ者が沢山居る。例えば大学の同期で今はやんごとなき事情、まあ俺の留年なんだけど、により先輩となっている男が居る。飲み会の席でそいつのした「貯金が趣味だ」という発言を聞いて、俺は思わず「生きていて楽しいのか?」と聞き返してしまったことがある。本当にそう思ってしまったのだから仕方がない。まあそれを口に出してしまうところが俺クオリティーということにはなるのだが。だが逆にそんな彼からすれば大切な身銭を当然のように賭け事に費やす俺なんぞは道端のウンコにも劣る存在に見えるかも知れない。このように同性ですらこのザマなのだから、異性など何をかいわんやということになる……



俺に化粧を施している間、カナは終始嬉々としていた。彼女は化粧を自分にするのも人にするのも好きなのだそうだ。自分にするのが好きだというのは何とはなしにわかる。女の子はいつでも可愛くありたい、という誰が言い出したのかもわからない通説みたいなのもあるし、よく知る自分の顔を理想に近づける行為というのはそれなりに精神的効果があるだろう。朝少し早く起きてちょっと手間を掛けるだけでその日一日を堂々と過ごせるのなら易いものかもしれない。だが、誰か他人にするのも楽しいというのはもうコレは俺の思考回路では手に負えない感覚領域、感情回路。

「お兄さん、ちゃんと目開けてください」

「開けとるわ。元々じゃ」

今は俺の睫毛によくわからない小さな筆でよくわからない物を塗っているようだ。怖いなんてものではない。目に入ったら多分俺は死ぬのだろう。というような抗議も最初の方は盛んに行っていたが、異様に高い彼女のテンションについていけず、抵抗は無駄と知り、最早諦めの境地。血を分けた肉親も、何故か乗り気で、カナのアシスタントのような真似をしている。

「ほら、瞬きしないで」

「無茶言うなよ。目が干からびて死んだらどうするんだ?」

「死にませんよ。どうしてすぐ死のイメージを持つんですか」

「俺ほどの繊細さんが、何なら辞書の繊細の単語の末尾に俺の名前が載っててもいいくらいの……」

「ちょっと唾飛んだ!」

「舐めてもいいぞ?」

「目刺すよ?」

「はいはい。ごめんなさいごめんなさい。産まれてきたのがそもそも間違いでした、すいませんでした」

投げやりに謝りながらも、さっきよりはマシになっているのではないかという予想もあった。何せ今度は唇に紅を塗られるような展開がない。数十分前に洗面所に高速ハイハイをしたことを思えば、是非そうであってほしい。アレは我ながら酷かった。どこのクリーチャーが映っているのかと鏡を見て固まってしまった。奈々華は大爆笑するし。

「よし、まあこんなものかな」

眉に筆を入れていたカナが、仕上がったという合図にぺチンと俺の頬を軽く叩いた。叩く必要性は芥子粒ほどもないと思うけど。

「終わったの? 見せて見せて!」

奈々華が息巻いて俺の首を捻る。俺は別に鞭打ちでも寝違えでもなんでもないので、捻ってもらう必要性は芥子粒ほどもない。まあそもそも仮にそれらの状態で首なんぞ捻られたら本当に死にかねないけど。ともあれ覗き込む妹と真正面から向き合う。期待に満ちた目が、喜色に溢れる。

「わあ! 目開いてる! 若干カッコよくなってる」

「いっつも開いてるよ?」

いっつもカッコイイよとは流石に冗談でも言えないのがちょっと寂しい。

「これなら大会に出しても物は投げつけられないんじゃないかな?」

カナが少し誇らしげに言った。手鏡を俺に手渡してくる。

「そう言えばそういう動機付けだったね」

途中からは半分以上二人の玩具になっていた気分だが。鏡を覗き込むにも、期待よりもやっと解放されるという安堵のほうが強かった。だけどいざ覗いてみるとそこにはちょっぴりマシになった俺の顔が映っていた。目元に力がある。相変わらず濁った瞳はしているものの、その外回りについては確かなカナの技術によって抜本的な見直しが行われていた。

「すげえ。目が開いてる」

思わず口から漏れた第一声。

「何だ自分でもそう思うんじゃん。でもお兄さんっていつも眠たそうな目してる以外は案外整ってるよね? さすが奈々華のお兄さんって感じ?」

整っているというのは多分世辞。正確にはその他のパーツについては欠点もないけど、取り立てて目を惹くようなものもない、というのが自己評。ふむふむと唸りながら鏡を手放さない俺に、二人がクスリと笑った。

「気に入ったんですか?」

「ううん。まあ、大会に出る以上多少は努力をしておいた方が良いって再認識した次第、かな」

化粧の有用性については理解できたものの、やはり二人が楽しそうにしているのはよくわからない。女の子の思考回路は難しいなということについても再認識した次第だった。


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