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俺達はエントリーの手続きを済ませてその場を後にした。安物の机の上で名前を書いている間中、お姉さんは笑いを堪えているような雰囲気だった。ともあれコンテストはこっちの時間で四日後と五日後の二日間。街全体を挙げた祭りの最初の日と次の日にまたがってやるそうだ。何かおかしなことになってきたな、とは思いながらも折角サナちゃんが自分から何かしようというのだから出来る限りの協力はしてあげたい気持ちもあった。カナも言っていた通り生きていること自体が恥ずかしい俺が今更恥も外聞もあったものではない。だからもし三人がダメだった時も、俺なんか男なのに出たんだぜ、と馬鹿笑いしてやれば良い。願わくば四日後、若しくは五日後にこちらの世界に居ますようにとだけ、いるとも知れない神に祈ってみた。
結局正午を過ぎてまた斡旋所へ行ってみたものの、目ぼしい仕事は見つからず、何もやらないよりはと会場設営の仕事を請けた。しかし残りの三人は全く関心を示さず、というよりどうも力仕事がメインになるようで、俺一人でやることにした。それにしても奈々華なんかは平素ならちょこちょこやってきて仕事を手伝わないまでも邪魔くらいはしそうなものだが、俺が働く現場の隅で座ってカナたちとくっちゃべっているだけだった。まだ拗ねているのだろうか。
勿論今日の仕事は俺一人の取り分と言うことになっている。今まで協力してやっていたが、乗り気でもまして適性でもない仕事を無理に手伝わせても仕方ないし、俺一人が働いている状況で山分けと言うのも逆に心苦しく、三人の提案を呑んだ格好。皆が働いてそれぞれ賃金に格差が出たというなら山分けは辞さないが、今回はやむなしだろう。それにしても率先して俺が働くなんていよいよ落ちぶれたものだ。
仕事はまさに肉体労働だった。砂や石をリヤカーに乗せて指示された場所まで運ぶ。その往復、繰り返し。安全用に被ったヘルメットの中で髪が蒸れて湿気ていく中、黙々と作業を続けた。
半日働いて、現場の責任者から給与を受け取った。正中にあった太陽が西に傾いて久しい頃だった。ずぶの素人の俺は実際に建物を作っていく行程は触らなかったが、組まれた足場の向こう、大分建物らしくなってきた土や石を見るに、中々の充実感が胸中にはあった。監督に頭を垂れて失礼し、ビー玉の入った巾着を手に奈々華たちと合流する。
「待たせたね。ごめんよ、退屈だったろう?」
何もせず待つというのは結構気力の要るもので、即座に謝る。
「お疲れ様」
と一同。サナちゃんは言っていないけど、顔が労うように優しく笑っている。
「ていうか奈々華の言ったとおり、やっぱり謝った」
指でもさされそうな勢いでカナが笑う。奈々華にはお見通しということか。なんとも苦笑してしまう。年下の女の子達にこんなに気を遣ってしまう自分は、彼女から見たら情けない男なんだろうか。そんな益体のないことを考えながらの宿への帰り道。三人を無事宿まで送り届けた後、奈々華と一緒に銀行へ出かけた。
「良かったね、お金が手に入って」
「うん。ああ」
奈々華はぶっきらぼうに言う。手も繋がない。いつもは俺がポケットに突っ込んでいても引っ張り出して繋ごうとするくせに。
「またパチンコに使っちゃダメだよ?」
「ああ、わかってる」
スロットにぶち込んでやろうと思っている。
「借金も返せるね」
俺が今日手にした金は三十万ほど。うち半分は奈々華に預かってもらうことになった。あったらあるだけ使ってしまうという奈々華の見解に、失礼だがよくわかっているというのが俺の感想。まあポジティブに考えるとそこからタバコ代なんかは出るわけだから最低限のライフラインが保証され、心置きなく有り金を捻り込むことが出来るというもの。
「……」
「……」
夜風は冷える。シャワーを浴びている間に、すっかり外は夜の帳。見上げると雲に半身を隠した朧月。そういえば月や星が見えるということは此処はやはり地球上のどこかなんだろうか。地球の数あった選択肢の果て、パラレルワールドなんだろうか。つ、と視線を下げると、奈々華が俺を見ていた。その顔が妙に寂しそうに見える。頬にかかっている髪をそっと耳の裏に掛け直してやる。嫌がられるかとも思ったが、抵抗されることはなかった。その代わり表情も浮かないままだった。可愛いと言ってやればいい。顔も性格も。カナよりもサナちゃんよりも。
だけどそれでもし本当に単純に顔を輝かせたら……
「……今日は冷えるな。早く帰って寝よう」
俺と奈々華は同じ布団で今日も眠る。