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翌日はカナとサナちゃんと会えた。カナはともかく、サナちゃんと会うのは随分久しぶりな気がした。といっても家に遊びに来たわけではなかった。ホームタウンにしようかと思ってはいるのだが、未だ慣れぬハケルインの宿屋でだった。二人に挨拶をすると、二人とも寝起きの自分の姿を異性に見せるのが恥ずかしいのか、すぐに出て行けと言われた。二人とも少しは懐いてきてくれていると思っていただけに、少しショックでもあった。やはり部屋を二つ取りたいなとも思うが、宿のそこかしこで賑やかな話し声が聞こえてきたりして、満室という話は本当なのだなと実感。逆に長期滞在を予定している俺達の存在は鬱陶しいのではないかとまで思えた。
四人揃ったので、仕事を再開しようということになった。川瀬のヤツに借金が丸々残る俺としては金を稼ぐという提案は勿論賛成だ。仕事をするということ自体には賛成なのだが……
「ろくな仕事がないな」
今は斡旋所について例によって例の如く小汚い帳簿を受付に見せてもらっているところだ。帳簿に限らず、店自体、豚でも寄り付かないほど汚い路地の先にあった。
「まあ今は祭りの準備がほとんどさ」
受付は初老の男性。最早弁護のしようもないほど頭髪が禿げ上がっている御仁で、口からはハッカの匂いがした。
「ああ、なんかお祭りがあるんでしたね」
奈々華がずいと俺の隣に顔を出す。ちょっと頬擦りするような格好になる。どうやらわざとのようで俺の頬にぴたっと自分のをくっつけた。ぷにぷにする。そんな体勢のままどれどれと俺が捲っていたのと逆向きに帳簿を捲り始める。間髪入れず、後ろから、イチャイチャするなと怒号が飛んでケツを蹴られる。
「カナが妬いてる」
奈々華が茶化す。やはり目新しいものがなかったのか、帳簿を置いてカナサナの下へ戻っていく。キャイキャイとかしましい。子供の遠足みたいな雰囲気に少し呆れた溜息が口から漏れる。
「ええっと、確か一年の豊作と息災を祈る祭りでしたっけ?」
丁度神道の祈年祭みたいなものか。時期的にも通じるものがある。受付のおじさんは軽く頷く。
「ああ、アンタ等旅行者じゃないのか? 祭り目当ての」
「ええまあ。っていうか、ここに来ている時点で違うでしょうに」
「まあそれもそうか。ハーレム旅行ってヤツかと思って、おじさん年甲斐もなく興奮していたんさ」
「違いますよ」
ていうかハーレム旅行って何だよ。ハネムーンならわかるけど。いやそれも違うけど。あとアンタが興奮してもしょうがないだろうに。色々言いたいこともあったが、面倒くさそうなので適当にあしらってから帳簿を更に捲っていく。
「じゃあ兄ちゃんの本命は誰なんだい?」
「……」
意外としつこいオヤジだ。両サイドを残して正面から進むサヘルに、何となく粘着質っぽそうなんて失礼な想像をしていたが、実際人は見かけによる。どうあしらおうかと考えていると、ふと違和感。後ろで仔犬のようにじゃれあっていた三人が静かになっている。振り返るとカナと目が合った。しかしすぐ不自然に逸らされる。他の二人も同様。なに聞き耳なんか立ててるんだか。
「あの子達は全部俺の妹です」
「嘘付けよ。全然似てないじゃないか。第一髪の色だって違う」
「若者は髪を染めることが出来るんです。貴方とは違うんです」
つい口が滑って余計なことを言ってしまったが、それ以降切なくなった受付のオヤジは何も言ってこず、仕事をゆっくりと探せた。
しかし、結局どれもこれもつまらなさそうという不評で、途方に暮れた。気持ちはわからないでもない。会場の設営がほとんどを占めていて、こういった類はあちらの世界でも結構ある。有名アーチストのライブが集中する夏場なんて特に。そんなわけで、受付の勧めもあって、また時間を改めて行ってみることにした。午後になったらまた新しい依頼が更新されるかもということだった。
「しかし君らも贅沢だね」
俺達は街を少しぶらつくことにした。奈々華とは軽く廻ったものの、他の二人はあまり街を知らない。
「しょうがないっすよ。折角だから楽しんでやりたいじゃんか。お兄ちゃん」
カナはさっきのおっさんとのやりとりを茶化したいらしく、俺をさっきからお兄ちゃんと呼ぶ。あまり悪い気がしないあたり、俺は本物の変態なのかもしれない。カナに対して邪な気持ちを抱いていると、チョイチョイと俺の袖を引く感触。顔を下に向けるような格好でその行為の主を見るとサナちゃん。
「どうしたの? サナちゃんも俺のことお兄ちゃんて呼びたいの?」
「気持ちわる! マジ吃驚するほど気持ち悪い。警察呼ぼう!」
雑音がする。サナちゃんはちょっと困った顔をして、そろそろと指を伸ばす。俺に何か伝えるために手の平に字を書くには明後日の方向だな、と思っていると、その指が中空でピタリと止まる。指差す先。奈々華もそれを見て「面白そう」とちょっと興奮気味の声を出す。
角材やその加工器具や仮設のテントみたいなものが犇いている辺り。何かの会場を設営途中といったところか。その近くでチラシを配っているお姉さんが居る。なんだビラ配りだって大して面白くないだろうと言い掛けて、お姉さんの居る近くにのぼりが立っているのを見つける。時折風ではためいたりしているその白い布地には赤文字で目立つようにこう記されていた。
「ミス・ハケルインコンテスト開催! 参加者募集中 優勝賞金 金のビー玉100個!!」