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昨日の昼下がりに向こうへ放り込まれたのだから、当然今日の昼下がりには帰ってくる。向こうではカナたちのパーティが居ないこともあって働いていなかったわけだから暇だった。奈々華との間に今更そんなにふんだんに話題があるわけでもなく、俺がシエスタと決め込むのは必然的なものだった。そしてその内にこっちに戻ってきていたのだろう。そこまでは良いのだ。いわば予定調和。事件は俺がこっちで目を覚ました時に起きた。

目を開いたとき、奈々華の顔が近くにあった。添い寝をしていてくれたらしい。奈々華は目を開けているようで、いつものように優しい顔をしていた。意識は半覚醒。このまま再びまどろみの中へ落ちていくことも出来そうで、体を奮い立たせて一気に起き上がることも出来そうな曖昧な境界に居たのだと思う。自分の行動や思考に明確な根拠を見出せない程には曖昧だった。だからそんな中で、ふと奈々華に触れようと思ったその思考回路にも俺は未だに十分な理由をつけれずにいる。もしかして覚えていないだけでまた嫌な夢でも見ていたのかも知れない。どこにどうやって触ろうとかそんな具体的な考えは無く、ただ触ろうと思ったようで、布団の中にあった手を持ち上げにかかった時だった。むにゃっと柔らかい感触が手の平に広がった。ただただ柔らかい感触、奈々華の驚愕の声。段々と意識が帰ってくる過程で、コレは彼女の胸で、俺が触っていいものではなくて、現状が非常にマズイ、と階段を踏むように一歩一歩理解していった。ごめんと謝って手を退けると、奈々華は口をパクパクさせて、慌てて顔を逸らして立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。

俺はしばらくして彼女の部屋の前まで行って謝った。彼女は部屋の戸を開けてはくれず、それでもドア越しに「大丈夫、ちょっと吃驚しただけ。気にしてないよ」とこっちを気遣う科白を返してくれた。もう一度謝ってから自室に引き返したが、どうにも落ち着かず、夜を待たず川瀬に連絡を取った次第である。否、夕飯時にどんな顔をして奈々華に会えば良いかわからず、逃げ出してきたと言った方が正しい。辛いときや迷ったときは逃げる。コレが俺の処世術であり、随分と染み付いてしまったものでもある。

「どうした?」

黙り込んだ俺を不審に思った川瀬が声を掛けてくる。川瀬は何処を見ているのか、視線は他のテーブル席へと向いているようだった。彼自身神妙な面持ちで相談を受ける柄じゃない。だからこそコイツとの付き合いは楽だった。

「いや。まあ、どうやって機嫌を直してもらおうかなと」

奈々華は怒っている訳ではないだろうが、便宜上そういうことにしておく。まさか本当のことを話すわけにもいくまい。

「俺に聞かれてもなあ」

まあそうだろう。コイツと奈々華は面識も何もないのだから。

「まあでも古今東西、謝るときには誠意が大切ってやつじゃないのか?」

「誠意」

一応真剣に謝ったつもりではあるのだが、どうしたものか。そもそも腹を立てられているわけではなく、互いに気まずい状況にあるだけなのだから謝ることにさして意味があるわけでもないのかもしれないな。

「誠意っつったら……」

川瀬が俺の顔に向き直る。締まりのない顔で手をこっちに向ける。人差し指と親指で輪っかを作っている。金、ということらしい。やはり俺自身かなり動揺していたようだ。よりにもよってこんなヤツに相談を持ちかけるなんて。そこまで思って、俺はとどまった。いや、待てよ。コイツは馬鹿だが、金をかけて誠意を見せるってのはあながち悪い方法でもないかもしれない。いわゆるプレゼント作戦というやつだ。何か状況を好転させる切欠くらいにはなるかもしれない。楽天的だが意外と良い作戦に思えてくるものだから、俺は今かなり余裕の無い状態なのかもしれない。

「行こうぜ、城山!」

バイトもしていない俺たちが金を増やす手段と言うのは一つしかない。川瀬が立ち上がる。伝票を引っ掴み、景気づけに奢ってやるよと力強く言い放った。



三時間後。俺は久しぶりに本気で思うことになる。俺以外皆死ねばいいのに、と。地面に蹲って右手を見つめる。何か呪いでもかかっているんじゃないだろうかと本気で疑りたくもなる。

「しょうがねえよ」

川瀬が慰めをかけてくる。しょうがない。わかってはいる。百回同じ状況に置かれて百回同じ台を打つような状況。そこで負けを悔いるのなら結果論にしかならない。それをするのならもうパチンコを、スロットを止めるしかない。良釘の台を、設定の良さそうな台を、打つ以外に勝てる手段はないのだ。期待値というものを追いかけてやる以外に方法はないのだ。

「しょうがねえ、っつてもあまりに負け過ぎではないか?」

パチンコを打ったのならわかる。ボーダーを越えた台を打っていても勝率にすると低い。その代わりにスロットよりも多くのリワードがあるのがパチンコ。でも俺が今日触ったのはスロット。機械割りというものがあって、出玉率というものが明確に公表されているもの。その機械割りというものが百%を上回っていれば、理論上は打てば打ち続けるほどメダルが増え続けるという。という。嘘じゃねえだろうか。勿論機械を相手にしていることだから、数字が一時的に大きくブレることがあることくらいは承知。そういった上下の波を含んで取った平均値を出しているわけだから。にしても、俺がこの半年どれだけ下ばかりを叩いているか……

「まあ、しょうがねえよ…… ほら。生きるためにも要るだろう?」

川瀬が往来も気にせず財布から万札を幾らか抜き取る。俺が返した3万円が瞬く間に帰ってきた。

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