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しばらくメインストリートを走る馬車。ややもすると沈黙しがちな車内。俺はその空気が居心地悪くてベキラ君に他愛無い話をしつづける。

「随分長い道だね」

ケーンズパークと同じように街を縦断するほど長いメインストリートを軸に碁盤目状に道路が走る。そのことを話すと、ベキラ君は「あそこはハケルインを参考に街造りがなされた」と教えてくれた。続けて、

「このベキラ通りはこの街で一番古い道路なんですよ」

と付け足す。

「ベキラ通り?」

奈々華が呟くように言った。俺と視線が合うと顔を俯けた。小さな声だったが、ベキラ君には聞こえたようだ。ええと返してくる。馬の走る音、街の喧騒、色んな雑音がある中車内の客の声を聞き取れるのはプロ根性のなせるわざなのか。

「ベキラ王が整備したからですね…… この街ではそのベキラ王の名を頂いて子供に名付ける人が多いんですよ」

なるほど。ベキラ君と言う名前はこの街ではポピュラーなそうな。日本ではあまりないが過去の偉人の名前を拝借するなんてのはありがちだ。そこで会話は途切れた。奈々華は向かい合わせに座った俺の踝辺りにぼんやり視線を置いて動かさなかった。


最初に馬車が止まったのは、街の中心にあるなだらかな丘の手前だった。そこだけは緑に覆われていて、街の景観からは浮いている場所。奈々華と二人で街を回ったときも何かの遺跡でもあるんだろうか、と話題に上っていたが、当たらずとも遠からず。そこは先にベキラ君が話してくれたベキラ王ゆかりの地だった。というのもその丘陵はベキラ王も名を連ねる、ハケルインの古代王朝「ルーバル朝」の王城があった場所なのだそうだ。丘を登りがてら、とうとうと説明してくれるベキラ君の背中から目を切って、俺の少し後ろを歩く奈々華を見る。また目が合ったのは一瞬、すぐに顔を下に向ける奈々華。気を抜くと暗澹とした気持ちになりそうな自分を鼓舞する。

「奈々華しんどくないか?」

奈々華はまた小さく顔を上げる。しかし俺の目を彼女が捉えることはなく、俺の胸の辺りで視線は止まった。うん大丈夫と返ってくる。それ以上言葉は続かず、俺はまた前を向いて歩き出す。丘の上には石造りの土台がまばらに残った建物の残骸、それを囲うような草むら。俺は一体何をしているんだろう。城の跡地なんて見ている場合じゃないだろう。後ろから聞こえる足音。前からはベキラ君のガイド。謝って解決するなら、俺は今すぐにでも謝っている。なあ俺が悪かったよ、許してくれよと。だけど事情は話せない謝罪に誠意はあるのか、意味はあるのか。そういう自問が頭を離れてくれない。ごめんね。うん、何があったか話してくれる気になったの? いや、それとこれとは違うんだ。どういうこと? お前にだけはこれは話せないことなんだ。そんな説明で彼女は納得してくれるだろうか。彼女の俺を真摯に心配してくれる優しさは何処へ向かえばいいんだろう。だったらこのまま昔に戻ったみたいに気まずいまま過ごすのか。ナビミスでパンクしたARTの復帰を待っているような、いたたまれない気持ちで。いやこんな例えじゃ伝わらない。奈々華には伝わらない。せいぜい川瀬みたいな社会のゴミにしか伝わらない。俺がいかに今の状況を脱却したいか。いかにお前に感謝しているのか。

「……ごめんね」

不意にした消え入るような声に振り返ると、奈々華が眉根を寄せて俺を見ていた。久しぶりに視線がぶつかった。どうして……

「どうしてお前が謝るんだよ?」

冷たく聞こえないように、突き放すように聞こえないように。自然と猫なで声みたくなっていた。もさもさとした草の絨毯を踏みしめても、地を踏む感触じゃなくて、くるりと体ごと奈々華に向き合う時、スニーカーの裏で草を擦り切るようなイメージを持った。

「昨日、私もしつこすぎた」

「そんなことはない。奈々が俺のことを凄く心配してくれてるのは知っている」

そんなことはわかっている。相変わらず悲しそうな表情の奈々華を見ていると、考えるより先に口が開いていた。

「昔のことなんだよ。昔親戚の家に預けられていただろう?」

「うん」

「その時にさ、あん時みたいに一人で買い物を待たされてる時があったんだ。それをふと思い出したんだよ。それだけだよ」

案ずるより生むが易しなんて言葉は俺のためにあるんじゃないだろうか。だって奈々華はきょとんとして、それから優しく笑った。

「なんだ、私てっきり……」

「てっきり?」

奈々華はかぶりを振って、

「なんでもない。それより、要はお兄ちゃん寂しかったんだね」

「え?」

思いもよらない言葉だった。なのに、そうか俺は寂しかったのかと素直に思った。時折奈々華の言葉は俺の胸の内にストンと落ちる。なぞなぞの答えを知らされたように、ああなるほどと。自分の気持ちなのに奈々華の方が熟知しているようなそんな錯覚に陥る。

「私もね…… 私も寂しかったよ? お兄ちゃんが居なくて」

そんなことを言ってくれる。もじもじする彼女の顔をじっと見ていると、どこかへ視線をやる。その先を見ても何もない。照れ隠し。

「お兄ちゃんって昔のこと全然話してくれないのは…… どうして?」

あんまり見つめすぎたせいだろうか、奈々華は苦し紛れに核心に触れる。

「……今話したじゃないか」

「うん、それはそうだけど」

「それに昔のことなんてどうでもいいさ」

奈々華がまだ続けようとした言葉にかぶせて、

「今はお前が居てくれる。たった一人の家族でも。お前が居てくれる」

何だこれ、告白か。

「……なんだか告白みたいだね?」

奈々華の白い顔に少しの朱。俺も意識しすぎると顔に血が集中しそうだ。

「まあ二割くらいはそんなもんだ」

「少なくない?」

誤魔化せたようで何よりだ。俺はもう奈々華に背を向けて、少し開いたベキラ君との距離を詰めにかかる。後ろから奈々華の声。待ってよ、といつもの本当のいつもどおりの元気な声。

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