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ビー玉ゲーム ルールブック
<概要>
プレイヤーは二人一組となって、本仮想世界においてゲームを行う。各所でビー玉を集めていくのが本ゲームの主旨である。ビー玉はこの仮想世界において通貨の役割を担う。ゲームは一ヶ月間の期間を設け、仮想世界とプレイヤー自身の世界とを行き来する形で行われる。期間終了後、最も多くのビー玉を所持していたチームが優勝となり、賞金として更に金色のビー玉四百個が贈呈される。
<禁則>
1:他プレイヤーに対する暴力行為。傷害を負わせた者には、本仮想世界内の治安機構によって厳重に処罰される。また他プレイヤーを故意に絶命させたと判断された場合には、ゲームの残存期間に関わらず強制的にゲームを終了させる。
2:「ビーリング」の非装着。「ビーリング」を故意に着脱することは基本的に不可能であるが、紛失及び損壊した場合には、ゲームの残存期間に関わらず強制的にゲームを終了させる。なお具体的な規定については「ビーリングについて」の項に詳しい。
3:許可なき再編成。パートナーを自由に変更、及び解任する権限はプレイヤーのどちらにあっても、これを認めない。必ず定められたパートナーと行動を共にすることを厳命する。なお具体的な規定については「パートナーについて」の項に詳しい。
ざっと読むとそんな文字たちが踊った。男に渡された、ガラス張りの下部僅かに数センチ開いた隙間から寄越してきた、冊子をぱらぱらと読むと一先ずそれを閉じた。
「参加にあたっての条件は?」
「特にない」
夢の中の話は異世界では現実のものとなっていた。
「参加へのこちら側の意思は?」
「当然考慮する。不参加の意思がある場合は最初、つまり私にその旨を伝えろ」
「このゲームは今回で何回目になる?」
ネットで噂になっているのは、つまりこれのことではないか。そういう憶測が立っていた。
「過去のゲーム記録については言及の権限が私にはない」
機械みたいなヤツだ。だがこれで少なくとも今回が初めてではないことが窺える。
「この他プレイヤーへの暴力行為。これについて詳細はないのか?」
「ない。禁則一項に記載されるものだけである」
男の声は何を聞いても画一的で、何か一定の音域に意図的に定めているような気味の悪さがあった。
「強制終了とは、どうなる?」
「強制終了となる」
どうやらその後については「言及の権限がない」とやらなのだろう。抑止力への貢献として殺害されるのか、はたまた元居た世界に帰されるだけなのか。
「禁則を犯して失格になったプレイヤーのそのパートナーはどうなる?」
「禁則三項と照らし合わせて、そのパートナーもまた失格となるのが望ましい」
望ましいって何だよ、望ましいって。政治家でも相手にしているような徒労感が俺を襲う。日本語考えたヤツちょっと出て来い。
「ビーリングとやらは?」
「これだ」
また屈んだ男が足元から何かをこちらに寄越す。名に違わず指輪だった。二組ある。特段変わったところはない。金属を輪っかにしただけのお粗末なもので装飾はない。拾い上げて奈々華に渡しておく。足が攣りそうになったのは俺の胸の中だけにおさめる。
「コレを装着しておけと?」
「ゲーム内ではそう定められている」
「ゲーム内ってことは、行き来するっていう元の世界に戻ると外せるのか?」
それなら原則外すことが出来ないと、いかな魔法か科学か原理は知らないが、いうことになっているソレを紛失及び損壊なんて事態が起こりうることも納得できる。
「外の世界については言及の権限が与えられていない」
またか、と小さく溜息を吐いてやる。しかしそこで小さな電流が頭の中に走ったような爽快感を感じ、はっとする。
「暴力行為ってのは、身体だけを指すのか? 指輪への攻撃は禁則に当たらないのか?」
「当所治安維持機構が暴力行為と判断するものが暴力行為である」
馬鹿か。本当にゲームの中の村人に話しかけているような、そんな意思疎通においての齟齬というか瑕疵というか。また溜息が漏れて、後ろの奈々華を振り返る。お前からは何かないのか、と見つめるが、何を勘違いしたのか、はにかんだように笑ってから、俺の肩甲骨辺りに頬を擦りつけた。こっちもダメか。
「他の質問がないのなら、ゲーム開始ポイントへと転送するが?」
「そのお面どこで買ったんだ?」
もう破れかぶれのような質問をぶつけてみた。男がつけている仮面は獅子の顔に蛇が絡んだデザインだ。どうせ「ゲームに関連しない質問については言及の……」とか何とかだろう。
「近くのホームセンターで購入した」
何!
「それはアンタ個人の家の近くのか?」
「そうだ」
なんて攻めの姿勢を忘れないホームセンターだろう。何かもっと建設的な疑問が浮かぶまでの時間稼ぎも兼ねての質問だったが、俺の意識はそのホームセンターに集中する。
「他にはどんな有り得ないもの売っているんだ?」
「アダルトビデオなども取り揃えている」
「それは一体どれくらいのジャンルを網羅しているんだ?」
「……そうだな。全般的にあるが、マニアックなもので言えば母乳というジャンルや……」
「転送してください」
奈々華の氷のように冷たい声が遮り、目の前が真っ白になった。