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目を開くと家とは違う木の天井。ところどころ黒ずんだ木目が人の目みたいに見えた。冷たい視線。とても小さな子供を見る目とは思えない瞳。最初の記憶からしてそんな目だった。アレは俺がいくつくらいだろうか。奈々華は生まれていなかったように思う。そして彼女が生まれる頃には、俺はまた違う人間の同じ瞳に晒される……

夢を見た。俺は大抵見た夢を覚えている。記憶力が良いのも考え物だなと思った。過去を追体験するような、スライドショーでなぞるような夢は久しぶりかもしれない。記憶の奥底に沈めたつもりのそれらは、一度掬い上げると湖底の泥と同じ。一度引っ掻いたら、周りの泥もムワリと浮き上がる。

「……お兄ちゃん?」

奈々華の声がすぐ横からしても俺は今度は然程驚かなかった。思えばわからないわからないとしながら、実は心の奥底ではわかっていたのかもしれない。奈々華が少し変だったこと、突然話をしようなんて言い出したこと。俺が思う要因、それだけではないのかもしれないけど。

「嫌な夢を見たの?」

「……ああ」

ヒドイ声が出た。

「いつものとは違うんでしょう?」

何となく、だけどそのくせ確信めいたものがあって、

「何か嫌なことがあったの?」

君はそれを訊きたかったんじゃないか?

「……別に」

「昼間向こうの世界で……」

やっぱり。

「……ちょっと考え事してただけだよ」

「……」

ちょろっと首を傾けるだけで奈々華の表情は見れるのだが、それ以上に俺の表情を見せたくなかった。

「お兄ちゃん」

静かな声だが力があった。

「何でもないって」

特にお前には言うわけにいかないんだよ。

「お兄ちゃん」

しぶとい。振り返ってみても何か悩み事があって、今まで奈々華に打ち明けなかったことの方が少ない気がする。甘ったれは俺の方なのだ。

「だから!」

「お兄ちゃん」

「何でもないって!」

声を荒げてしまってから、俺は後悔した。善意で、俺の力になりたくて声を掛けてくれる彼女の気持ちをほんの一瞬とはいえ、ないがしろにした。

「ごめん」

二人が謝ったのはほぼ同時。どうしてお前が謝るんだ、と聞く前に、

「お兄ちゃんにだって言えないことくらいあるよね」

怒り、とは違うのだが、もやもやした感覚が俺を襲った。奈々華はどうあっても俺が言うとおり何でもないというのは信じていない。実際嘘はついているが、もう何年も前の話だ。自分で消化できている。はずだ。それにお前が憎くて嘘をついているわけではないのに。

そんな俺の心中を察したわけでもないだろうが、謝って何も言わない俺に怒ったのか諦めたのか、奈々華は黙ってすっくと立ち上がる。

「私向こうで寝るね」

「何だよ。ちょっと感じ悪いんじゃないか?」

勝手に言葉が口から飛び出していく。使っちゃ駄目だったんじゃないのかよ。俺の言葉に返さず、カナサナのベッドにもぐり込む奈々華はこっちに背を向けた。



過干渉なんだよ、お前は。いや、コレは駄目すぎるな。

俺にだって俺の考えがあって黙っていることだってあるさ。お前を信じていないとか頼りにならないとか、そういうことじゃないんだよ。事情があって話せないことだってあるさ。確かに声を荒げたり、無下にするような言い方になってしまったのは悪かったよ。謝る。だけどわかって欲しいんだ。俺はお前のためを思って。いや、コレも駄目だな。コレを付け足すと勘の良いアイツは気付くかもしれない。

「あー」

奈々華を起こさないように唸り声を上げるのも一苦労だ。考える。考える。とにかく謝らないと。疲れよりも焦りや不安が押し寄せてきて、俺の眠りを妨げる。ついと奈々華の方を見る。定期的に上下に起伏する布団。眠っているのだろうか。不貞寝というヤツか。愛想を尽かされてもう知らない、ってことじゃあないよな? 大丈夫だよな? そこで奈々華が寝返りをうってこっちを向いた。目が合った。慌てて閉じたが確かに開いていた。こっちを窺っていたようだ。たまらなく嬉しくなる。謝ろう。きっちり謝れば大丈夫だ。それでベンチで考え込んでたことについては、さっき考えたように説明して納得してもらおう。まだ解決もしていないのに、奈々華のさっきの行動が愛らしくて、どうにも仲直りしたい気持ちは同じなのだと知らしめて、俺はすっかり安心した。安心すると惰眠マニアの俺は、瞼が重くなっていくのだった。

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