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コーンを包んでいた紙を丸めて、ベンチに座ったまま近くのゴミ箱へと放り込む。ヘリに当たって地面を転々とするピンクの紙を見ていると切なくなってくる。

「この距離で外すとは、俺も墜ちたな」

独り言を漏らして立ち上がる。そう、俺は今一人。妹とその友達二人と二駅ほど離れたアウトレットモールに遊びに来て、一人。最初は三人と回っていたのだが、一度店に入ると女子高生三人は中々出てこないもんだから、退屈して広場へ。全面禁煙のせいで口寂しくて買ったソフトクリームも食べ終え、いよいよ手持ち無沙汰。このアウトレットモールは一丁前に西洋気取りくさって、コンクリートの建物をレンガ色に塗って、二階建て。そこに服や小物を扱うテナントが入って、平日の昼間だというに、賑わっているようだ。流石に広場のベンチで一人座る男は俺一人だが……

顔を上げて、その賑わう店内を、ガラス張りなので外からでもよく見える、漫然と見やる。奈々華とサナちゃんが気に入った服のサイズを調べているのか、同じ服を幾つも取っては戻し。デジャヴのような光景だと脳が気付き、俺は昔を思い出した。


奈々華と出会う前。そうだな、十年以上前になるか。俺は親戚の家に預けられていた。親父の遠縁だとかいう話で、奈々華の母親に全く可愛がられなかった俺は、親父の取り決めでその家に厄介になる。昔から子育てなんてものに興味がなかった親父は、その家に養育費だけ払っていたようだ。結論から言うと、俺はそこでも可愛がられることはなかった。ある日、その家は両親と俺より幾つか年上になる娘が居たのだが、その三人が近くのショッピングモールに行くと言い出したことがあった。俺も帯同を許された。今思えばいくら可愛くない他人の子と言え、金をもらって預かっているのだから、一人留守番をさせて何かあったらマズイという判断だったのだろう。だけど俺はどこかに連れて行って貰える、それが家族の一員として認められたような錯覚を覚えて、一人嬉しくなったのを記憶している。

そういうことではなかった。俺は一人ベンチに置かれ、今日みたいに近くの屋台のクレープを買い与えられて、そこを決して離れるなとだけ厳命された。子供心にぬか喜びしていた自分を恥じ入った。悲しくも虚しくも切なくもなった。定期的に両親のどちらかが、俺の居るベンチが見える位置まで戻ってきて、刺すような視線を俺に送っていた。居るよ。あんたらがそう言ったんじゃないか。子供の俺にはそれを守るしか選択肢なんてないじゃないか。回想の中のあの怜悧な視線に、今の俺がやり返す。そして今の俺は虚しくなる。馬鹿馬鹿しい。思っているのにやめられない。俺の瞳に映るのはアスファルト。だけどやっぱりあの顔が張り付いて離れない。アスファルトの濃淡がそれらを作り出しているようだ。いつの間に唇を噛んでいた俺は痛みに気付く。馬鹿馬鹿しい。思っているのに歯にこめる力は強くなる。

そう言えばこんなこともあった。俺がいつか……

「お兄ちゃんってば!」

突然の大声に、びくっと体を跳ねさせて、音源に顔を向ける。目の前に奈々華が立っていた。日は正面から差していて、そこに立っていると遮るように影が頭に下りてきて、気付くのが普通だが、そんなことに気を取られないほど、深く考え込んでいたということか。

「どうしたの?」

俺の顔を見て、奈々華もまた表情を曇らせた。頬の辺りを触ってみて、慌てて笑顔を作る。

「なんでもないよ。お前こそどうした? 買い物はすんだのか?」

見ると奈々華の片手には小さめの紙袋がぶら下がっている。一着だけ買ったんじゃないだろうか、と当たりをつけ、次いでならまだ買いたいものもあるだろうな、と思う。ここへは様子を見に来ただけか、と。振り払ったはずのさっきのおじさんやおばさんの顔が浮かんでしまう。いつまで馬鹿馬鹿しい考えに、生産性のない回想に囚われているんだ。

「うん。終わり。今日はそんなに欲しいものもなかったから」

また頬を掻いてしまう。この癖にも意味はない。奈々華の優しさに助けられるのはいつものことだが、今日もまた情けない限りだ。本当に良い兄は、「まだ見たいものがあるんじゃないのか? 俺のことは気にしないで良いぞ」と返すのだろうが、不良の兄は、

「そっか。じゃあ二人が終わるのを待っていようか。よし、アイスクリーム買ってやろう。何味がいい?」

となる。奈々華もワーイと乗ってくれて、チョコレート味を所望。買ってきて奈々華にやると、嬉しそうに頬張る。

「……ありがとうな」

小さく呟いたとき、俺達兄妹を、太陽ではない光が包んだ。



しばらく間が開いてしまってスイマセンでした。

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