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携帯の着信音で目を覚ました。当然に奈々華からだった。何かまた夢を見ていたような気がするが思い出せない。通話ボタンを押すと、いつものお迎えを頼むものだった。唸るような低い声で返事をしてやると、本当に起きてるのかと返ってきたので、今起きた。ちゃんと迎えには行くと面倒くささを消しきれない声音で返答していた。そこで電話は終わって、約束通り俺は起きる。伸びをして体をほぐすと、着替えを始める。
昨日は異世界。グーデルタを過ぎて、ハケルインに到着したところで戻された。山頂で野宿をした日からは三日が過ぎていた。警察はついに俺を捕らえには来なかった。ただグーデルタの銀行で確認した参加者リスト、俺の名前の横に罪名が記されていた。ちょっと名前は違うが暴行と公務執行妨害で間違いあるまい。しばらく仕事が出来なかったものだから、ビー玉を金に換えるのはよした。名簿を覗いてみたのは、青年の連れの女がキチンと失格になったのか確認できたら、と思ったからだった。きっと中東のどこかの国ではないかと当たりをつけていたし、パートナーとは連続に並んでいるはずだからわかるだろう、と試しに見てみたのだった。思惑通りそれはなかったわけだが、もっと面白いことを発見した。罪人にその罪状が付記されるのもそうだが、名簿の名前が黒くなっているものを幾つか見とめたのだ。名簿の一番下に注意書きがあった。暗くなって表示されている名前は、現在異世界にいない人間の名前だということがわかった。失格はそもそも名簿から名が削除されると、青年と女のものらしき、中東っぽい名前なんて俺の知識に頼るものだがきっと大丈夫、名前がないことから察せたわけだから、これは純粋に資格はあるが今は異世界の方に居ない者の名前という推測が立つ。画一的に全参加者が同じ日の同時刻にゲームを行っているわけではないらしかった。
運ゲー要素もあるのね、と他人事のように思った。もし最終的に優勝争いを繰り広げるチーム同士が競っている状態になった場合、そういった要素も加味した駆け引きが要求されるわけだ。即ち今日あっちのチームが居ないから今日のうちに良い仕事をこなして差をつけておこう、だとか、明日は来るはずだから奴等が転送される街の仕事を独占してやろうとか。ひょっとすると優勝を狙うチームは毎日銀行でチェックして他チームの残り日数なんかもデータとして採取しているのかもしれない。ランダムだとしても、残り日数が少なくなってくれば予想確率はかなり信憑性を持つ。何だかなあ、と同時に思って思考を止めた。
奈々華を迎えに行くと、サナちゃんとカナも居た。校門の前で皆して立ち話に花を咲かせていた。車を停めると近寄って、皆して俺の車に乗り込んでくる。
「お兄さん、昨日ぶり」
その挨拶に頭を少し働かす。この子達とも随分頻繁に顔を合わせているものだから、何日ぶりかなんて考えないようになっていた。三日前の朝方に帰って来て、夕方まで眠って起きてみたらまた異世界で、そこから翌日の夕方まで異世界、そこからは会っていないわけだから……
「なるほど、昨日ぶりだなあ」
「ひでえっすよ。こんなに可愛い女の子達とどれくらい会っていないかくらいすぐわかるもんでしょう? 次会うときを待ち望んで指折り数えているもんじゃないの?」
「サナちゃんもこんにちは」
運転席から振り返っていた首を、心持ち左に動かしてサナちゃんの顔を真正面に捉えて言う。にこりと笑って頷いてくれた。サナちゃんは学校をサボるのをやめた。俺に迷惑を掛けるし、二人にも心配を掛けるからしばらくはちゃんと行くと俺に話した。俺は迷惑なんて思っちゃいないよ、と返したが、二人に心配を掛けるというのは同感だったものだから、基本的にはその意を尊重した。嫌われてしまったのかな、と頭の隅が嫌なことを考えたが、こうして会っても普通に接してくれるので大丈夫かなと踏んでいる。無視するなと雑音が聞こえてくるが黙殺。
「明日は休みなんだっけ?」
首を戻して発進。誰にともなく尋ねる。奈々華がそうだよ、と受けて、
「だから今から皆で遊びに行こうって」
それで勢揃いしていたというわけか。それにしても元々自主参加の特講に休みがあるというのも変な話だなと思う。大方教師の方で都合が悪かったのじゃないかと推測するが、本当にどうでもいいので深くは考えない。
「おっさんが一匹混じっていてもいいのかい?」
「運ちゃんに決まってるし。この薄情者」
声に怒りなんてないが、ちょっと根に持っていやがる。
何だ、お前こそ俺に会えない日を指折り数えているのか? そんなわけないだろう、鏡見てから言え。それこそヒドイぞ、お前…… そんないつの間にか慣れたかけあいをこなしながら、車は進んでいった。