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頂上に着くと、日は橙を纏っていた。その夕陽に照らされて青い草花も緑に彩を加えていた。それまでずっと生えたい放題だった木々は切り株を残すばかり。人工的に開けた場所を作ったのだろうか。その切り株の一つを背もたれに、サナちゃんを下ろす。眠ってしまっていた。カナも奈々華も先に着いていて、やはり疲労困憊といった感じだが、俺の傍までやってくる。
「眠っちゃったんだ? 変なことしてないよね?」
奈々華の鋭い目。笑えば天使、怒ると悪魔。睨むと目元に冷たい印象を受ける。鼻白むより苦笑する。彼女としてもサナちゃんが疲れていたのは知っていたから、苦渋の決断、しかし心は納得しきらずといったところか。してないよ、と軽く返して、
「お前らも疲れただろう? 大丈夫か?」
他人事のようなトーンになって、少し時を戻したくなる。
「へとへとっすよ。山登りなんていつ以来か」
カナが心底疲れたような顔。あ、でもと何かに気付いたように口を開ける。
「お兄さんほどではないっすけどねえ。寝てる人間って重いっしょ?」
そうして意地悪そうに笑う。もうすっかり状況を楽しむことに専念している。彼女はやはり開けっぴろげで、時を戻すことなんて出来ないし必要ないことを知る。
「ああ、まあね。そう思うなら荷物くらい持ってくれても良かったんじゃないか?」
おかげで俺は計5~60キロの重りをつけた状態で山登りをしたことになる。サナちゃんを責めるようで口には出さないが、実際これほど片道に時間を費やしてしまったのは大きな誤算でもあった。
「マジ勘弁。無駄に体力の有り余った人が持つべきでしょ」
「お兄ちゃんお水頂戴」
今までの話をぶった切るように奈々華。水源は山の中、水筒に汲んでいた。肩から掛けたそれを取り、一杯キャップに注ぐ。それをまず俺自身あおってから、もう一杯いれて奈々華に渡す。キャップ兼カップをくるくる回して、俺が口をつけた辺りから飲んだ。見なかったことにしよう。
「どうする? 今日はここで休むか?」
「そうしよう。起きてても腹へって死んじゃいますって」
俺達は朝からろくに食べていなかった。途中見つけた木の実や、水を飲んで誤魔化していたが、限界に近いものがある。改めて申し訳ない気持ちになるが、顔には出さないように努める。それから皆少し早いが寝袋に包まった。
一人拝む朝日は、無感動人間の俺にも素直に綺麗だと思わせた。勝手に責任と感じてかって出ている見張りの仕事の終わりが近いことも手伝ったのかも知れない。いつも自分よりも遙かに高い位置にいる太陽が自分と同じ高さにあるような錯覚を覚えさせる。人にも言えることじゃないかと置き換えてみる。どんなに高い位置にいる人間も最初は俺と変わらない位置から昇るんだ。試しに両手を広げてみる。掴めないだろうか、と子供みたいなことを思った。だけど明らかに俺のリーチより大きくて、それはそうだろうなと独りごちる。広げた両手を交互に見ると、まるで手自体が輝いているように光を受けていた。ちょっとそうしていたが、虚しくなってやめる。後ろを振り返る。三つの寝袋も、それは黒なのだが、光を受けて白に塗り替えられているように見えた。皆を起こそうか、迷った。カナが眩しいのか、顔を顰めて日に背けた。他の二人も同じように顔を向こう側へやっている。サナちゃんの穏やかな寝顔が見えて、やめておこうと結論付ける。見れば昼間散々俺の背で寝ていたのに、まだ熟睡しているようだ。俺と肩を並べるネムリストになれそうだ。
また日に顔を向ける。輝きを増しているような気がする。眩しすぎて目を細めた。全ての人間に平等に光を与えるにはこれくらいしないとダメなのか。日陰者の俺は、斜に構えるような気持ちで煙草に火をつけた。
一応コレで僕の中では序章、及び第一章終わりのつもりです。