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朝はすぐに訪れた。瞼は糊で貼っつけたように重い。その瞼をジンジン焼くように日光が注いでいる。眠気の抜け切らない頭にも、いつもとは違う感覚を抱いた。奈々華は普段俺を無理に起こすようなことはしない。朝も送って行ってくれとは言わない。つまり俺が朝日を拝むのは自主的に起きて、寝る前に閉め切ったカーテンを自分で開けた時だけの筈だ。

「お兄ちゃん起きて」

声まで掛けられるのは、これはもうないことだ。目を開けて半身起こす。視界に入ったのは、奈々華とは違う女の子。サナちゃんだと頭に伝わるが、どうして居るのか、考えながら首を振る。カナの姿もある。奈々華も発見。全員の背景は木立。青々とした背の低い草。

「……ここどこ?」

目を擦る。パサパサとした目やにが沢山採れる。再び目を上げると、奈々華が手を伸ばして来て、俺の頭をぐりぐり撫でる。

「またビー玉ゲームだよ?」

猫なで声。ああ、なるほど。眠い。

「よくそんな土の上で熟睡出来るよね?」

続いてカナ。そっちをぼんやり見ると、呆れた笑み。馬鹿にされたとすぐに理解すると、急速に頭の回転が速まっていく。

「万夫不当のネムリスト、城山仁とは俺のことだ」

減らず口を返しながら、起き抜けた頭で状況把握に努める。もう一度周囲を慎重に確認する。

「公僕は居ないみたいだね」

サナちゃんが首肯してくれる。

「そいつは何より。でさ、一つ話しておきたいんだけど?」

「お兄ちゃんが捕まったら私達もやめるって話はしたよ? 二人とも二つ返事で了承してくれた」

「あ、はい」

あんまり寝すぎていると、置いていかれるよということだった。



それから俺達一行は予定通り山を登ることにする。カナももう不平を漏らすことはなく従った。俺に気を遣ったというよりかは、もう決定事項として消化しきっているようだった。その竹を割ったような性格が少し羨ましい。まあコイツはコイツで色々あるんだろうけど、根は明るくてサバサバしているんだろうと思う。

水はすぐ傍にコット河が流れているので問題ない。ラスクさんの話ではそのまま飲めるということだったし、実際大丈夫だった。生水を飲むことに抵抗があったし、体質によっては腹を下したりするという話も聞くので余計に嫌だったが、飲んでみるとなんてことはなかった。寧ろ美味いと感じた。俺の体はそんなにデリケートじゃないらしい。皆も大丈夫そうで、水には一家言ある奈々華などは、味がどうのこうのと息巻くものだから、生返事で聞いてやった。


もう何時間歩いただろうか。日の加減を見ても、江戸時代の人間じゃあるまいし何とも言えない。だが五合目くらいまでは来たんじゃないだろうか、と楽観的に思ってみる。麓に近い木々はとても小さく見える。

「おおい。皆大丈夫か?」

振り返って声を掛ける。心苦しさはまだある。彼女達にこんな苦行を強いてしまったことについて。三人は奈々華を先頭に続いてカナ、少し離れてサナちゃん。特にサナちゃんは疲労の色が濃く、途中でこけたのか、ズボンの中ほどまで土で汚れていた。立ち止まる。警察の追っ手もないだろうということで登山道を来ているのだが、それでも体の小さな彼女には厳しいのか。とても可哀想に思う。

「サナちゃん。おぶろうか?」

俺が立ち止まった地点に奈々華も、カナも順次止まり、サナちゃんが登ってくるのを待つような格好になっている。やっと俺たちが居る場所まで辿り着いた彼女は、首を縦にも横にも振らず、困った顔で俺を見つめた。

「まさかとは思うけど、変なこと考えてないっすよね?」

「バカな。俺という人間の半分は優しさで出来とるわ!」

「残りの半分は?」

「……」

沈黙は金かな。

「サナ、歩いたほうが良いよ?」

奈々華までもがパンダに加担する。サナちゃんは皆の顔を一巡ずつ見て、俺の手を取った。「お願いします」と。俺は即座に背中のリュックを腹に回し、背を空けるとそのまま反転して屈んだ。

「動き速いってば。マジきもいから」

雑音がうるさいなあ。背中に手を当てられて、体重がかかる。いやでも背中に意識が集中する。しかし柔らかい感触はなく、代わりに二本の腕が当たっている。丁度肩に掴まるような感じで、胸とは距離がある。誠に遺憾である。気を取り直して、体の横から伸びてきている彼女の太ももを掴んで固定。そのまま立ち上がるとおんぶが完成する。これは中々重い。サナちゃんとリュックサック、どちらも単体ではそんなに重くはないのだろうけど二重となると話は別。荷物の方を引き受けるよう申し出てくれるんじゃないかと淡い期待を込めてチラと奈々華を見ると、冷ややかな目線を俺に送ってくれている。

「さあ、行こう」

そのまま先頭を歩き出す彼女は、俺の現状を理解しているはずなのに、無駄に速い足取りだった。

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