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家に帰ると、自分の部屋でパソコンを立ち上げた。インターネットでゲームについて情報を集めようと思った。今までそれをしてこなかったのは、個人的に好かないからだった。確かに便利な道具だとは思う。図書館なんかに行って書物を渉猟するよりはるかに短い時間で多くの情報を得られる。だけど同時に他の手間もある。集められる情報は逆に膨大で真偽も定かではない。まるで何も手を加えないまま淹れた珈琲のように苦いも甘いも酸いも辛いも混ざり混ざって出てくる。不良な豆を自分の手で弾かなければならない。そういった面倒、それをしても尚残る不確実性がイマイチ好きになれない理由だった。それでも今からそれをしようと思ったのは、
「どこの掲示板だい?」
今膝の上に乗る妹、その友達までもの安全を俺が担保する身だからだ。艶やかに光る後ろ髪を見ながら聞いてみると、彼女は自分でキーボードを打ち始めた。指の動きまで弾んで見えるのは彼女の機嫌が良いからだろうか。俺がまだ寝ないでいるのが、彼女にとってはとても嬉しいことのようだ。一緒に居る時間をこんなに素直に楽しんでくれると、俺としても兄冥利に尽きる。
「ここだよ。サナが見つけたんだ」
サンキューと声をかけて、画面を見る。そこは真面目な話や趣味の話、与太話等々多岐に渡る話題を提供している掲示板だった。その一つ、ビー玉ゲームについて、というタイトルのスレッドが立っている。それほど盛り上がっているわけでもなく、よく見つけたなという印象。
「サナちゃんはこういうの好きなの?」
オカルトというか、都市伝説というか。
「みたい」
あら意外。とにかく目を通していってみる。
目的の情報以外にも有用なものがありそうだったが、とにかく今は冒頭だけ流し読んで関係ないレスは切り捨てていく。そうして何度も画面をスクロールした後、見つけた。ゲームからの脱落、と題打たれているそれは、まさしく俺が知りたい情報を与えてくれた。熟読の後、それに対する反応も全て読んでからプラウザを閉じた。
「お兄ちゃん、やめちゃうの?」
同じように字面を追っていた奈々華。
「やめちゃうのは、どっちかって言うと奈々華ちゃんの方かな」
パソコンの画面が忙しなく動いて、電源が落ちていく。奈々華は体ごと振り返って俺に説明を促す。アイコンタクトと言えるほどのものではないが、黙って見つめられるだけで把握した。
「この先どうなるかわからない。特に俺はお尋ね者になってしまったわけだから、捕まる可能性もある。そうなった時に君たちをあの世界に放っておくのは忍びない。出来たら指輪を自ら壊して棄権して欲しい」
警察の対応についての推測は、あくまでも勘に基づくもので、確証などない。今度戻った時には捜査網が敷かれていて、瞬く間に逮捕されてしまう可能性だって十分にあるのだ。ああ、と奈々華は納得して、
「それで失格になった人の情報を集めていたんだね?」
「そゆこと。まあお前は俺と何メートルだっけか? 離れたらすぐ失格だから良いんだけど。いや良くはないんだけど」
青年を失格に追い込んだが、実際に彼が元居た世界に無事送還されたかは知らない。そうだろうとは踏んでいたが、それもまた確証のないものだった。それを確認した。失格後の実体験を書き込んだものはいずれも無事に家に帰って、以降異世界に転送されることはなかったという内容。
「……出来たら皆にもそうして欲しい。お前にも状況判断次第では即座にやって欲しい」
「私は大丈夫だよ。そうする。お兄ちゃんが居ないんじゃつまらないし」
そう言ってくれると思っていた。彼女の額に手を当てて、親指だけ動かして前髪を掻きあげるように撫でる。嬉しそうに目を細める彼女にこっちまで優しい笑みを引き出される。
「多分サナもカナも納得してくれるよ。私から話しておく」
礼を言って手を離す。奈々華の目はその手を追って動く。名残惜しそうで、まだ甘え足りないことを知る。参ったな、流石にもう寝たいんだけどな。
「今日は宿題はないの? 座椅子が真価を発揮する……」
「ないよ。座らないし」
座椅子とはなんだったのか。小一時間質疑したいが、やはりそんな元気はない。そこで、ふと違和感。彼女が春休み子供勉強会に行くようになってから宿題が出なかった日はあっただろうか。いや、ない。
「へえ、出なかったんだ。珍しいこともあるもんだね?」
「う、うん」
俺に対しては大抵歯切れ良い受け答えをする彼女にしては、これまた珍しかった。まあ何にせよ好都合だ。奈々華の勉強を見ているとただでさえ眠くなるのだから。
「まあ俺はとにかく寝るよ…… 一緒に寝るかい?」
「しょうがないなあ」
そう言って、すぐに立ち上がって俺のベッドに横になった。しょうがないのはお前じゃないか。