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これからどうしようかと言う話になるのは当然の流れで、俺は記憶を頼りに地図を書き起こしていった。まず点を紙の真ん中下寄りに打って、ラッフェルとする。そのすぐ上に半円を描いてラプラインダル山。半円から二本平行線を引いてラッフェルの横を通して紙の下の方まで伸ばす。コット河。山の向こうに小さな点をもう一つ。

「これが?」

「そう。グーデルタ。小さな宿場町だ」

ラプラインダルを越える旅人や商人のために作られた街。憩いの場、休憩所という意味だったはず。

「ここを目指すんだ?」

床の上の紙を皆が覗き込んでくる。いい匂いがする。ああ、と小さく。

「うへえ。やっぱあの山登るんだ」

カナが嫌そうに声を出す。謝りそうになって慌てて口を噤む。気を遣うことに気を遣う。何だかがんじがらめになっているようで、苦し紛れに笑いたくなる。

「でもハイキングだと思えばきっと楽しいよ」

奈々華がお気楽に言う。ありがとうと言いそうになってやはりやめる。俺が地図から顔を引くと、それが合図になったように皆一斉に顔を戻した。

「まあグーデルタは特に見るものもないようだし、最終目的地はその先……」

グーデルタの丸から更に上に、心持ち大きな丸をうった。フローリングの板の継ぎ目に当たって、ぼこりと波打った。

「ハケルイン」

大きな街だという話。ここなら仮に俺が指名手配なんてことになっていても、身を隠すには丁度良い。仕事も多そうだ。物流の拠点として栄えているようで、その意味は要衝。的を射ている。おずおずとサナちゃんが俺の手を取る。「どうしてそんなにあっちの事情に詳しいんですか?」もっともな疑問だ。タウン誌じゃないんだから、地図を見ただけで色々知っているのはおかしい。

「ラスクさんに話を聞いたんだよ」

なるほど、と皆納得。野球の試合中、雑談の種に困った俺はそういう話を彼から聞いた。試合に集中していないから負けるんだと言われればそれまでだが、自分の打順が遠いとどうしてもダレる。ラスクさんの人の良い笑顔を脳裏に描く。せめて別れの挨拶くらいしたかったな。俺と関わっていたことで迷惑を掛けていないだろうか。カナはカリーナちゃんともっと遊んであげたかっただろうな。やはり謝りたい衝動が湧いて、苦い顔になる。懐から煙草のケースを取り出して、蓋を開けかけて、ここに灰皿がないことに気付く。最早意識の外、習慣の一つとなっているらしかった。

「ああ、灰皿…… ママの部屋にあったかな?」

カナが立ち上がろうとするので慌てて制す。

「いや、いいよ。そろそろお暇する頃だろうし」

時計は午後の二時を指していた。カナが出した珈琲を一気にあおる。

「ウチ今日はバイトないから、別に……」

寂しそうな顔をした。弟さんもきっと日が高いうちは帰ってこないだろう。つまり彼女は俺たちが帰ると一人になってしまう。参ったな、眠いんだけど。そう口に出来ないあたりは俺が俺たる所以か。きっと最初から一人なら、いつものことでどうということはないんだろう。なまじっか友達が居るから、その落差を思ってしまうのかもしれない。

「……じゃあなんかやろうぜ」

そうしてボードゲームでもないのかと、探し出してもらったゲームが酷いものだった。

ステレオタイプなボードゲームらしく、マスが沢山あって、プレイヤーは台座のついた人形をサイコロの数だけ進めて行く。目に従って止まったマスに書かれたことをこなしながら、一番最初にゴールのマスまで辿り着いた人間が勝利というものだが、その過程が問題だった。


「1、2、3,4」

奈々華が四つ人形を進める。ピンク色のヤツだ。マスに止まると指示が書いてある。覗き込む俺の頬に強烈な張り手がかまされる。パチーンと鋭い音がして目の前が点滅するよう。任意の人間に張り手をする、と書かれていた。一番手で出発したカナのローキックを皮切りに、任意と言ったら俺、という流れが出来上がってしまっている。

「お兄ちゃんに張り手したのなんてはじめてかも」

いやあ、何回か軽いヤツはやられている記憶があるよ。頬が熱を持っている。手でさする。その間にサナちゃんがサイコロを振る。3。まて、3っていったら…… 

パチーン! 

奈々華と同じマスに人形を置くや否や、今度は俺の左の頬がはじける。ただでさえ眠気で弱くなっている意識を更に揺さぶる。視界に如実にあらわれて、立ちくらんだようにグニャグニャする。

「お兄さんの番ですよ?」

「ねえやめない? これ。俺だけが損するゲームになってるし」

っていうか何なのこのゲーム。友達同士でやるには余りにバイオレンスじゃないかい。いいから、と囃したてられて渋々にサイを転がす。6。おお、いいじゃないか。早く終わらせたいので大歓迎だ。青い人形の頭を引っ掴んで、六つ動かす。任意の人間に尻を叩かれる、とある。

パンパーン! 

四つんばいになって人形を動かしていた俺のケツは隣り合う二人にはとても叩きやすい位置にあった。

「ていうか叩かれるって何だよ。叩かれるって。いやそもそもなんで二人に叩かれたの?」

「細かいことは言いっこなしだよ」

カナがまるで他人事の口調で言うと、サイコロを振る。4。任意の人間の腹を踏む。

「待って待って!」

「いいから早く寝そべって」

サナちゃんと奈々華が信じられない力で俺の腕を引っ張って大の字に寝かす。すぐさまカナが立ち上がって足を振り下ろしてくる。何とか腹筋に力を入れる間は持てたが、それにしても痛い。顔を顰めながら、さりげなくスカートの中を仰ぎ見る。水色の可愛らしいパンツが見えた。俺の視線を辿ったカナが、ギャーと悲鳴を上げて何度も俺の腹を踏みまくった。

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