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奈々華が話しかけてきたのは、他の二人が寝静まった頃だった。お兄ちゃんと突然呼ばれたものだから、驚いて体が不恰好に跳ねた。

「どうしたんだ?」

蓑虫みたいに寝袋から顔だけ出した彼女等の方を向く。案の定二人は月明かりにぼんやり照らされて見る限り眠っているようだった。奈々華だけが目をはっきり開いていた。

「眠たくない? 代わろうか?」

俺は見張りをしていた。警察や野生動物、一応は警戒しておかなければいけない。

「大丈夫だよ。お前ももう寝なさい」

正直に言うと眠たくないはずもなかった。だけどコレは俺が一人でやろうと思っていた。それがせめてもの責任だと感じていた。いくら彼女等が寛容に俺を許したとしても、俺自身はやはり申し訳ないと思う気持ちを払拭しきってはいなかった。そもそも俺が外を出歩かなければこういう事態にはならなかったのだから。奈々華は蓑虫から尺取虫へと変身。くねくねと体を捩りながらこっちにやってくる。気持ち悪いような可愛いような。

「目が冴えちゃってさ」

嘘だ。眠る前に目をしばたかせて、欠伸を幾度もしていた姿を見ている。それを指摘する言葉はついぞ喉元に上がってこなくて、代わりに奈々華の頬を指の腹でくすぐる。ううんと甘えた声で唸りながら、彼女の方からも頬で指を押し返す。もち肌はいつ触っても心地良かった。

「……ねえ」

「うん?」

しばらくそうしてじゃれ合っていたが、奈々華が急に真剣な声を出した。

「やっぱり怖いね」

頬を撫でる手を止め、考える。

「ああ、お金がかかっているからね」

「お金ってそんなに大事なのかな?」

「……なんでも買えるからね」

なんでも、と奈々華が繰り返して、それは納得した声音ではなくて、

「人の心も?」

と尋ねる。きっと何万人もの人間が何万回も考えた問題じゃないか。手垢まみれの提議じゃないか。

「……お金があるだけで心が潤う人間も沢山いる」

そっかとだけ。

「だけど、お金で作った絆はきっと脆いさ」

言いながら本当だろうか、と考える。だけど抵抗したかった。例えばこの子との絆が、ショーウィンドウの向こうに飾られていて、それには値札がついていて、読み上げるといくらいくらと書いてある。そんなのはとても切ない。

「うん、そうだね…… 仁君の気持ちが買えるなら、私はとっくに……」

奈々華は途中で言葉を切ってしまった。三年、彼女が一人で過ごした時間のことを言おうとしたのか。それともこれから先のことだろうか。後者だとしたら、これ以上彼女は何を望む。俺はまだこの子を満足させることが出来ていないのか。足りないのか。何が? どうすれば? やめよう。彼女は言葉を切ってしまったのだから、考えても正確な答えなど出るはずもない。仮定の話に仮定を重ねて膨らませるのは俺の悪い癖だ。奈々華は俺の心中を察したわけでもないだろうけど、話題を変えた。

「どう? カナもサナも良い子でしょう?」

「ああ。お前の友達なんだからそれは最初からわかってたことだけどね」

彼女の長い髪が顔に掛かりかけていたので、すくい上げて耳に掛けてやる。返答が彼女の望むものだったからか、その行動が彼女の気持ちを柔らかくしたのか、にこりと無邪気に笑った。やっていけそう? と尋ねるので、ああと一先ず答えてから言葉を繋げた。

「二人とも俺の無駄に回す気を好意的に捉えてくれていると思う」

「そうだね。私にもそう見えるよ」

奈々華のお墨付きとなれば、俺も一安心。煙草を懐から取り出して火を点ける。自然の中で吸うコレは格別に美味い。肺の中にメンソールの清涼感を森の静謐な空気と一緒に取り込めば、胸の内が洗われるようだ。

「ねえ。疲れない?」

奈々華がそんな清々しい胸の湖面に石を投じる。ポチャンと波立たせる。

「何が?」

「そんなに人に気を遣ってばっかりで」

奈々華の声には純粋な疑問しかなかった。俺の生き方に否をぶつけるような意思は汲み取れなかった。ただ言葉が正しく厳選されていないだけだった。

「疲れても疲れなくても、もう直りようがない」

「少なくとも…… 私と居るときはもっと我が侭言っていいんだよ?」

それが伝えたいことだったようだ。サナちゃんとの交流を思った。俺は彼女にこうすればいいのにと提案した。歌えばいいよと。それを押し付けがましいと散々後悔した俺だったが、奈々華はストレートにそれを伝えられる。今こう言われて気付いた。押し付けがましくなんてないんだ。取捨選択はこっちに残されていて、彼女の優しさだけが伝わってくる。湖面の波が引いていく。

「ありがとう。だけどさ、俺はお前には気を遣っていないよ。優しくしようとしているだけ」

どうすれば君が笑ってくれるか、どうすれば君が喜んでくれるか、そればかり考えている。

「うん、そうか。そうだよね。ちゃんと伝わってるもんね」

優しく瞳を閉じる。緩く口の端が持ち上がっている。

「でも…… して欲しいことがあったら言うよ。やめて欲しいことがあったら言うよ」

家族だから。これから先もずっと付き合っていくから。好きでい続けるために。


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