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ラプラインダル山は標高千五百メートル超の山だった。多種多様な木々をその山肌に育み、秋には色とりどりの紅葉で見る者を楽しませるのだとか。標高こそそこそこあるものの、山道は登りやすかった。急な斜面や、きりたった崖なんてお約束な障害もなく、そもそも登山コースのような整備された道もあって、苦労知らずに二合目くらいまで来た。
「……少し休もう」
警官はフライングニーをかました後は見かけない。対応が遅れているのか、俺が凶暴につき慎重になっているのか、はたまた深夜の山の探索は危険と判断したのか……
俺達は登山道を少し外れる。左手にコット川が流れるその道は、中々綺麗に整備されているが、歩を止めるなら目立つ場所には居たくなかった。獣道のような隙間をなぞって木々の間をすり抜けていく。ここいらまでも川の飛沫が飛ぶのか、地面は同様に湿気ていた。水の匂い、土の匂い、緑の匂い、それらが混ざり合った独特の芳香に少しだけ癒された気持ちになる。彼女等も黙って俺についてきた。チラと窺うと皆寝巻きの裾に黒い土をつけていた。疲れた顔をしていた。
「ここいらでいいかな」
歩道は少し下の方に見える。崖というほどではないが、今居るところからでは少し高低差がある。俺は木の幹に背中を預けてその場に胡坐をかいた。皆は俺を取り囲むように立った。
「そろそろ説明してくれない?」
奈々華が皆の心境を代表する言葉を俺に投げかける。神妙な顔を作って頷く。俺はあらいざらい話した。野球の試合で対戦した相手と、夜中ばったり出くわしたこと。彼は虫も殺さないような顔をして、俺から金を強奪しようとしたこと。返り討ちにして、強制送還を喰らわしたこと。
「……すまない」
口にして、一番最初に言うべきことだったんじゃないかと自省の念にかられる。珍しく口を挟むことなく俺の話を最後まで聞き終えたカナが、一際不機嫌そうな顔をした。寝起きではさすがにパンダのようなアイシャドーはなかった。そっちの方が可愛いよと素直に思ったが、言葉にはしなかった。
「謝んのはナシだって。ウチ等助け合っていくんでしょう?」
とカナ。サナちゃんもコクコクと頷いた。
「それに正当防衛じゃないんですか? どうして警察にきちんと説明しなかったの?」
言われてみて、そういう方法は頭の隅にもなかったことを知る。何故だろうと自問。不利だからじゃないだろうか。暴力行為の現場の目撃者、つまり宿屋のおばさんは、十中八九俺が暴力を振るっているところしか見ていない。そうなると話もろくに聞いてもらえない可能性がある。こっちの警察がどういう体質かはわからないが。
「ああ、俺警察不信なんだ」
「あのねえ」
カナの呆れた顔。
「いやだってさ。こっちの警察がどういう対応するかなんてわかんないじゃん。多分俺完璧悪者として通報されているからさ。問答無用で逮捕なんて事態も考えられるわけよ」
「もう完璧悪者だしね」
奈々華が合いの手。あんまり嬉しい合いの手ではないが、公務執行妨害のおまけまでつければ確かに完璧であることは間違いない。サナちゃんが腰を落として俺の手を握る。「もしかして私たちに危害が及ばないように、あえて強攻手段をとったんですか?」うん? 少し言葉の意味を考えて、言いたいことを把握する。俺が逃げたりした場合には、連れの彼女等に青年が牙をむくと俺が考え、それでその場でやっつけたんじゃないかと、彼女はそう言いたいようだ。彼女の言葉を読み上げ、それから話す。
「いやあ。買いかぶりだ。殴られてカッとなっただけだよ」
正直に言うと、それは勿論憂慮していた。だけど大抵は言葉通りだ。俺達全員で稼いだ金を奪おうなんて不逞の輩には裁きの鉄槌をと思ったのが主だ。
「はいはい。ええ格好しいね」
「ちげえってば」
カナの顔は呆れと、それ以上の愛着を含んでいる。俺はそんなにわかりやすいだろうか。
「じゃあ全員悪者ってことだね」
奈々華が締めくくる。皆のために犯した犯罪、そう言ってもらえると心がぐんと軽くなる。