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俺の対応は素早かった。宿に戻り、階段を駆け上がる。本当のことを言うと、後の参考のために女もまた失格となるのか見届けたかったが、それは無理だった。警察がやってくるかもしれない。ホスト側は関知しないとしていたが、どこまでそうなのかは不明瞭だ。どこかから参加者全員の動きを隠れ見ていて、犯罪行為をした場合は、本仮想世界における治安維持機構とやらに即座に対応を促すかも知れない。それに、河の方へつけた一階の窓から覗いていた宿の経営者の夫人と目が合った。女の騒がしい悲鳴に気付いて見ていたのだとしたら、俺の方が完全に悪者だ。通報される、もしくは既にされている可能性がある。そして目が合った瞬間、怯えきった顔でカーテンを閉めた彼女の所作からは、可能性どころの話ではないことが容易に想像できる。俺の部屋に入る。電気を点けて奈々華を起こす。

「……ううん。夜這い?」

「ちげえよ。早く起きてくれ!」

奈々華が眠い目を擦りながら、やおら半身を起こしたあたりで、俺は身を翻して隣の部屋へ向かう。

ドアを開ける。女の子の寝室にノックもなしに入り込むのは、なんて悠長なことは言っていられない。同じようにしてサナちゃんを起こす。サナちゃんは吃驚してすぐに起きてくれた。

「悪い。説明は後だ。カナを起こしてから俺の部屋に来てくれ! すぐに。非常事態なんだ」

喋っている途中で彼女たちが花も恥らう女子高生ということに気付き、準備を入念にしてから訪ねられても困ると慌てて付け足していった。

戻る。部屋の中に安置していた大きなリュックサックを背負う。中にはこの間揃えたアウトドア用品が一式入っている。奈々華も非常事態を悟ったのか、戻ったときには起き上がっていてくれた。

「どうしたの? お兄ちゃん」

声にも緊張があった。理解の早い妹で助かる。

「後で説明する。とにかくお兄ちゃんが豚箱に放り込まれる前に出るぞ」

「何なんすか? こんな夜更けに!」

振り返るとカナサナが部屋の戸口に立っていた。猿の絵がプリントされたサナちゃんのパジャマは可愛いが今はそれどころじゃない。

「説明は後だって。黙って皆俺についてきてくれ」

部屋を出る。ちょっと、とカナが声を出したが、無視して階段を下っていく。後ろがちゃんとついてきているか心配だったが、奈々華が上手く指揮してくれたのか、複数の足音が続いた。一階は食事処兼用で、テーブルが所狭しとある。カウンターの上に、巾着袋から取り出した四つの金のビー玉を置く。

「ちょっとマジにどうしたんすか? てかどこ行くんすか?」

カウンターに寄って、店の戸口へと向かう俺と後から階段を下りてきた三人は丁度合流する。戸を開けると夜の空気が火照った体を少し冷やしてくれる。少女達には寒いのか、奈々華が自分の体を抱いた。

「人を殴った。警察に捕まっちまう。逃げるんだ」

「え? え?」

「良いから。今は俺についてきてくれ」

「逃げるアテはあるの?」

奈々華が一番冷静だ。さすが我が妹。

「アテはない。ただ山を、ラプラインダルだっけ? それを越える」

ケーンズパークまでは平原を行くのだから分が悪い。追撃をやり過ごすには山道の方がいいだろう。目くらましにもなる。俺はそれだけを言うと、先陣を切って夜の道を走り出した。


道の向こうから、紺に近い黒の服を上下にきちっと着た男が三人ほど走ってこちらに向かってくるのが見えた。警察だろう。やはり通報されていたのだろう。黒髪の青年と少女三人と特徴を告げられていたら、間違えようがない。現に彼らの足取りに迷いはなかった。

「どうするの!」

カナが上がる息をそのままに尋ねてくる。

「任せろ!」

俺は更に走る足に力を込める。本当のことを言うと、三人の速さに合わせていたのだから全く全速力ではなかった。それを今やる。駆ける。

「止まりなさい!」

警官が決まり文句のように警告。日本の警官寄りかなあ、外国ならもう発砲されているだろう。いや、そもそもこの世界に銃火器の類はあるのだろうか。どうでもいい考察が湧き上がり、また沈めていく。警官の一人まで後数メートル。更に加速、跳ぶ。右膝を残しておいて、それを鼻っ柱に思い切りぶつける。ゴキッと嫌な音がして、警官は一発KO。蹴った感触も人とあまり変わらなかった。

「ごめんよお。マジごめんよお」

だからこそ本当に申し訳ない。残り二人も駆け寄ってくるが、警棒しか持っておらず、長物の扱いには自信のある俺からすればそれは大した腕前じゃなくて、軽くいなして顎に蹴りと拳を入れて、おとなしくしてもらった。遠巻きに見ていた三人が思い出したように走ってくる。

「お兄さんヤバイっすよ! これ公務執行妨害とか言うヤツなんじゃないんですか? つか暴行? 傷害?」

「仕方ない」

警官たちを避けて再び走り出す。後ろもまた走ってついてきてくれる。本当によくついてきてくれると思う。十分に事情も聞かされないまま、事態も把握できないままなら、俺は悪にしか映らないだろうに。

走る。走る。野道は暗いが、街の北出口はもうすぐだ。

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