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結局四人の合計が金115、銀3となるわけだから28個ずつをそれぞれおさめ、残りの金3銀3は共用の巾着袋に入れる。そういえばそんなご長寿も居たなあ。左手のリングにビー玉が吸い込まれるようにして消えるのを見つめる。改めて不思議だ。明らかに物理法則を無視していないか。吸い込んだ後も膨らんだり、げっぷしたりはしない。
「宿代が昨日と今日の分、四人で金四つだから、良い感じに補充できたね。まだちょっと赤字だけど」
奈々華が共用の巾着袋の中を覗き込んで嬉しそうに言う。自分の持ち分が増えたことよりそっちに目が行くあたり彼女らしい。さすがは普段から城山家の財務省。主婦じみている。
「ねえ、お兄さん」
首を振ると、沼田が俺を正面から見ていた。この部屋は本当に余分な家具がなくて、ベッドが二つあるだけ。俺と奈々華は俺のベッド、彼女等は奈々華のベッドの上に、向き合って座っていた。
「サナは友達だから下の名前で呼ぶんでしょう?」
俺が奈々華の主婦根性を垣間見ている間に、沼田はサナちゃんに更なる追求をしていたようだ。そうだよ、と簡潔に返す。
「だったらウチとも友達になりませんか?」
「あ、いいです」
「ひでえ。何すか? 差別すか?」
「冗談だよ」
沼田は照れくさいことを口にしたせいかほんのり赤い顔で睨む。
「沼田って呼べばいいのか?」
「やっぱ差別じゃないですか。何でサナはサナちゃんでウチは呼び捨てなんすか?」
「何だ? 下の名前で呼んで欲しいのか?」
「沼田ちゃんでも良いんですけどね。カナちゃんでも」
「カナちゃんて呼ぶ場合は括弧笑い括弧閉じるを、いつも俺の心の中でつけることになるが?」
「だから! 何で差別するんすか?」
「なんとなく」
なんとなくサナちゃんはサナちゃんで、お前は沼田なんだよな。性格のせいじゃないだろうか。そろそろマジで怒りそうな雰囲気があったので、俺は慌てて言葉を探す。だけどコイツが騒がしくて、サナちゃんが大人しくて可愛いのは揺るがしようがない事実。
「じゃあカナでいいんじゃない?」
奈々華がのほほんと言った。サナちゃんの時とは対応が違う。どうしてかと思案して、俺の対応が違うからかもしれないなと思い当たる。確かに隠し事、と言うほど大仰なものでもないが、は沼田に関してはない。中々凄いなウチの妹。
「……そうだね。カナブン」
「ブンいらない」
「はいはい。よろしくな、カナ」
手を差し伸べる。まだ少し赤が抜け切らない顔で、沼田が俺の手を見る。伸びて来た手を取ろうとこちらも伸ばした手同士が…… 触れ合わない。沼田のヤツが寸前で手を上げやがった。
「ははは。引っかかった、引っかかった」
小学生か。俺は立ち上がって強引に沼田の手を取る。あ、と小さく声を上げた沼田は、しかし抵抗はしなかった。握手。これでやっと名実共に共同戦線と言えるのかもしれない。柔らかく笑んでやると、彼女は視線を外した。そこで藪からぼうにサナちゃんが俺の空いた方の手を掴む。ヤキモチか、愛いヤツじゃのう。「カナちゃんは上の兄弟も欲しかったらしいですよ。だから照れてるんです」違った。冷静な解説だった。ないものねだりというヤツだろうか。ちらりと隣を見ると奈々華と目が合った。何だかんだ俺達兄妹は幸せなのかも知れないな。互いにこの兄が兄で良かった、この妹が妹で良かったと思い合っているような。
「……でもお兄ちゃんの妹は私だけだけどね」
聞こえないように言ったつもりだろうが、聞こえてるよ。明け透けな好意はいつもくすぐったかった。
それからすぐに、彼女達も疲れたと言って解散になった。奈々華も目がトロンとしていて、少し早いが眠りにつくことにした。
ひっそりと宿を抜け出すと、野外の空気を肺に循環させた。澄んでいる。こんなに澄んだ空気はあっちでは味わえないものだ。山から吹き降ろすのだろうか、時折俺の前髪を夜風が持ち上げる。周囲は明かりもなく、人は休んでいる時間なのだと実感させる。ほうほうと、どこかの木でフクロウが鳴いていた。
ここ数日のこと、世界の異同を問わず、カナサナ問わず、を考えていた。
少し身勝手ではなかったか。そう映らなかったか。距離を縮めた、心を通わせたと思っているのは自分だけの思い上がりじゃないか。いや、そんなことはない。彼女等は俺を友達と認めてくれた。きっと大丈夫だ。だけど、それでも考えずにはいられない。反省点ばかりを見つけようとする。俺は本当に生きるのが下手糞だ。
歩を進めて川岸まで近づく。スニーカーの先に泥が少しついた。宿は街外れの河のほとりにあった。周囲は鬱蒼と木々が生い茂って、部屋に居ても窓を開けると夜は羽虫が飛んで入る。そこらへんもこの宿にイマイチ人気がない原因かなと関係ないことを思う。
戻ろう。踵を返しかけた時、人が背後に居ることに気付いた。黒い髪に彫りの深い男、同じような特徴の女性と、顔立ちも少し似ている、腕を組んで立っていた。マウンドで見るよりも友好的な笑みを浮かべていた。