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「金が五十っすか」
沼田が元気のない声で言った。言外に滲むものが多すぎて、俺は言葉を整える。
「これも合算して四等分ですか?」
同じように抑揚のない声。やはり来たか、と思う。
「そうだよ。前にも言ったとおり」
「……いいんすか? お兄さんはそれで」
もう言葉は準備が出来ているので、俺は彼女について少し考察する。
「なあ、俺達は優勝を狙っているわけじゃないんだろう?」
「はい」
彼女は父親を反面教師にしていると推察したわけだが、最もそれが顕著なのが金の扱いじゃなくて、人の扱いなのかも知れないと考える。それは彼女にとって利益よりも人の心情を慮る傾向として現れているんじゃないか。金勘定にきっちりすることをポリシーとするのかと思っていた節があったことも認めざるを得ないから、何だ俺と同じじゃないか、と恥ずかしくて嬉しくなる。
「だったら四人で楽しく過ごそうや」
「それは…… 賛成ですが」
つまり彼女は俺が行く行くは稼ぎの差に不満を抱えるのではないかと危惧しているのだ。金が嫌いな人間など居ないから、常識的な判断だろう。ただ俺は特殊だ。金は好きだが、それ以上に人との繋がりの方が好きだ。青臭いだろうけど、金の苦労をしたことがないからと言われればそれまでだけど、そうだ。そこまで考えて、用意していたはずの言葉が適切でないことを知る。
「……難しく考えるなよ。皆で助け合えば良いんだよ。お前が俺を気遣ってくれる、その気持ちだけで俺は嬉しいよ」
心をそのまま言葉にするとクサかった。キャラじゃないことさせんなよ。
「俺はお前等に迷惑かける気満々だからな。その時のための前払いだと思えばいい」
茶化すように言ったが、真実だ。迷惑をかけない人間なんていない。その時に少しでも、まあ序盤稼いでくれたからと目をつぶってくれると助かる。金の勘定は出来るけど、人が人にどれだけ迷惑をかけたかけられた、良くしてやったしてもらったというのは正確に計れないし計るもんじゃない。言葉を尽くして伝わっているだろうか、と不安になった。沼田はいよいよ諦めたような表情で一つ頷いた。
「……わかりました。もう言いません。だけど代わりにウチのが稼ぐようになっても、お兄さんがウチに迷惑かけることになっても申し訳ないとか言わないでくださいよ? 思わないでくださいよ?」
「言わないけど思うだろうな。でもそれで良いんじゃないか? 遠慮とかとは違ってさ、お互いに相手を思いやっている証拠だよ。そう思うからこそ、相手が困っているときに当然に手を差し伸べれるんだ。恩返しするつもりで」
そうすれば切れない。ずっと繋がるんだ。理想論だろうか。綺麗ごとだろうか。だけど俺はそうしたい。そうしてくれる人と付き合いたい。一つ一つは小さなことでも、それを忘れてしまったら人は人を思いやれない。きっとそうだよ。それが一番の根底で、金の扱いはその派生でしかない。奈々華が俺にあれこれ世話を焼いてくれることにとても感謝している。だから俺はこの子に困ったことがあったら何があっても迷わず手を貸す。そういうことだ。そしてこの二人ともそういう関係を築いていけたらいい。もっと言葉を重ねたいのに、俺の気持ちを上手く相手に伝えるそれ等が見つからない。もどかしい。だけど次の瞬間には正しく伝わっていると、そう信じるに至った。三人が三人、まるで示し合わせたように優しい顔をしているのに気付いた。
「お兄さんて意外と熱いんすね」
そう言われると、俺は本当に顔まで熱くなっていく。
「あ、照れてる。可愛い」
奈々華が見逃さない。
「やめれ。恥ずかしくて死ねる」
素直に降参を認めて、窓際に寄る。組み合わせた丸太をそこだけ切って、窓枠を嵌めただけの簡素なものだが、ガラスは張っている。開けると西日に目を細めながら煙草に火をつける。
「サナがさあ、照れることないのに。とっても格好良いこと言ってましたよ? だって」
沼田の声も便乗したように弾んでいた。
元々前話とこれは一つだったのですが、長いので分割しました。前話の終わりが変だったのはそういうことです。ご了承頂きたいです。