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宿に帰って、俺の部屋で順番に今日の報告をした。乾、沼田ペアが二人合わせて金のビー玉四十二、銀が三。基本給が一人当たり金で二十だった筈だから、多い分は出来高だろう。
「やあ、働いたからねえ。サナも今日一日で大分包丁捌きが上達したしね?」
そうやって沼田はサナちゃんに笑いかける。その返答として手に書き込んだ内容を、沼田は読み上げなかったが、きっと慎ましい彼女のことだから謙遜を書いたのだろう。奈々華が次に巾着袋、こっちの世界の住人は巾着袋に金を入れるのがポピュラーのようだ、を開いてベッドの上にザーと並べてみせる。金が二十三。こっちの基本給も二十だったか。沢山ポケットを作ったんだな。
「偉いぞお、皆。頭なでなでしてあげるからこっち来なさい」
沼田以外が俺の傍にやってくる。正直サナちゃんまで来たのは驚きだった。冗談なんだがね、とは今更言えない雰囲気。期待を込めた瞳が四つ。右手を奈々華、左手をサナちゃんの頭に乗せてなるだけ優しく撫でる。
「いつの間にサナまで手懐けたんすか?」
「人徳としか言いようがない」
「いや、真面目に聞いてるんですけど」
「わからんかね、しかし。俺の崇高なる魂を理解できない愚か者が」
付き合いきれないと言った表情で沼田が肩を落とす。
「でも私も気になるな。いつの間に仲良くなったの?」
そして目が笑っていない妹。彼女の兄離れはいつの日なのだろうか。子供みたいに妬いてくれるのは嬉しいけど時折少しだけ鬱陶しい。うざ可愛いという新ジャンル。
「まあそれはその……」
サナちゃんを見る。困ったように曲げた眉には、不安と諦めが同居していた。
「サナちゃんが具合悪そうにして歩いているところを家に送ってっただけだよ」
もう俺は奈々華に目を戻していたが、サナちゃんが驚いたような空気を感じた。伊達に君より四年も歳食ってないよ。知られたくないことなら言わないさ。何せ誤魔化すことにかけては天才だと自負している。もっとも、俺の視界の大部分を占める我が妹は納得がいっていないようで、探るような目を向けてくる。
「それで、それだけで名前で呼ぶようになるほど仲良くなったの?」
嘘は言っていないのだが、それから先の部分も端折っている。彼女の洞察力の前では俺の天賦の才もかすむ。
「だから俺の人徳としか言いようがない。サナちゃんはとても感謝してくれて、まるで唯一神のように崇め奉るようになったというところか。神が迷える子羊に親愛を込めるのは当然だろう。このバカチンがあ!」
冗談を交えながら、ふと客観的になる。どうして尋問のようになっているんだろうか。確か全員の今日の稼ぎを発表して、和気藹々きゃっきゃうふふの筈だったろうに。
「サナ、本当?」
沼田がサナちゃんに言質をとる。何という信用の無さ。サナちゃんは曖昧な顔で頷いた。俺が適当なことを言っているからなのか、彼女の心情を正しく読み取った驚きが抜け切らないからか。
「あの変態に何かされなかった?」
「変態じゃないと言うとろうに。これだから凡骨は」
大袈裟に首を振ってみせる。
「まあ、そういうことなら仕方ないね。サナもここ最近学校休んでたしね」
奈々華も頭の隅にしこりを残しながらも一応の納得は得たようだった。心の中でほっとする。
「やれやれ。まあ兎に角納得いただけたようで」
と口にもした。ベッドの上に転がった沢山のビー玉を見やる。小さな窓から注ぎ込む夕陽がそれらを強く照らしていた。
「俺の成果だが……」
ラスクさんから貰った巾着袋を縛っていた紐をすっと引いて、布団の上で逆さにする。いくつかは跳ねて体同士をぶつける小さな音を立てて、五十もの金のビー玉が全て白い敷布団におさまった。
俺は遠慮をした。試合は結局ラスクさんのチームが負ける結果に終わったのだから、助っ人としての役目は果たせなかったと思っていた。当然ゼロでも文句などつける気もなかった。だが全打点をたたき出した俺には彼の言う相応の報酬が用意されていた。チーム全員からカンパしたその額は金のビー玉百個だった。吃驚した。断った。ありえないと思った。それでも彼らは人の良さそうな笑顔を浮かべて、俺の名前を覚えていないおっさんなど小遣いだと思えとまで言った、それを渡そうとした。俺にとってはそんな申し訳ないことが出来るはずもなく、かと言って厚意を無駄にするのも気が引けて結局半分ということで手を打ってもらった。それでも勿論貰いすぎだと思っている。