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「これすげえ汚い油使ってるんすよ」

ポテトを一つ摘んで、流石に俺のではないが、目の前に掲げてみせる。声のトーンを落とせ。「へえ」と興味ないオーラを全開にして返事するが、あまり効果はないようだ。

「ほんでマジでスマイルとか言ってくる酔っ払いとかも来てさあ」

どういうわけか俺はこのお嬢さんに気に入られているようで、話はほとんど俺にふられる。大方聞き上手だとでも思われているのだろうが、俺は会話を積極的に行おうという意思がないだけだが。相槌さえ返ってくればいいのか。俺は話半分に聞きながらさっさとハンバーガーを口の中に押し込んでいた。ついに俺の心の声が聞き届けられたのか、最近新発売されたそれは、ソース類は控えめで大きなずれもなく、俺の腹におさまった。やれば出来んじゃねえかよ。偉そうな感想を抱いていると、隣からにゅっと手が伸びてきた。紙ナプキンで俺の口元を拭っていくその白魚のような手は勿論奈々華のものだ。本当に甲斐甲斐しい子だ。

「……へえ」

おや、と思った。対面に座る沼田の顔が妙に優しく緩んでいた。そういえば、と思い出す。奈々華の話ではこの沼田には小学生くらいの弟がいるという話ではなかったか。

「可愛がってもらってるんだね?」

と、奈々華の目を見て言う。世話をされているのは俺の方だけど、可愛がっていないこともない筈だ。はたして奈々華は嬉しそうに目を細め「うん」と力強く肯定した。少し認識を変えなければいけないかな、と頬を掻いた。思えば奈々華が友達の選択を軽々に誤るとも思えなかった。少し見た目や話し方なんかに左右されすぎたかと反省する。四回溜まってもシャイニングウィザードはよそう、そう思った。ジャイアントスウィングくらいにしておこう。まあ本当にやりゃしないけどね。


「お兄さん、聞いたことあります?」

そろそろお開きかと思っていた頃、まだ話し足りないのか、沼田が新しい話題を俺にふった。しばらく話しているうちに、コイツはもうしょうがないと慣れてきていた。「何を?」と普通に返してやる。

「マネーゲームっす」

どうも要領を得ない。パンダみたいな瞳を見つめる。

「ネットで噂になってるんすよお」

もう少し順序だてて話してくれないだろうか。そんな風に思っていると、奈々華が隣から助け舟を出してくれた。

「なんかね、気付いたら知らない場所に居て、そこで同じように集められた人たちとお金の取り合いをするんだって」

「……なんか眉唾だな」

ネット上の噂なんて信憑性はないに等しい。気付いたら知らない場所って…… 俺達じゃあるまいし。

「でも複数の書き込みがあって、結構リアルな話も出てるんだって」

「一攫千金っすよ」

お前はちょっと黙ってろ。

どうやら彼女達はそういう話を学校でやっていたらしい。暇な奴等だなあと、自分のことを棚に上げて三人を交互に見る。乾さんがにこりと笑ってくれた。



夕飯を食べて自室でくつろいでいると、コンコンと控えめなノックがした。この家には俺と奈々華しかいないわけだから、ドアを開けると当然見飽きた美人がいる。毎晩俺に宿題を見てもらいにくる。奈々華の成績はかなり良くて、一人でも出来るだろうといつも思いながらも追い出すようなことはしない。「可愛がってもらってるんだね」プレッシャーになるわけでもないけど、何となく沼田の言葉を思い出した。アイツもあんなだけど、家では弟の宿題を見たり世話を焼いているのだろうか。

「座りなよ」

膝を広げる。俺の部屋には座椅子が一つしかなくて、破れて綿が飛び出しているクッションがあったけど捨てられた、奈々華はいつも俺の膝の上に座る。奈々華の部屋にはクッションがあるが、何故か持って来るという発想には至らない。そしてやはり俺も持って来いよと強く言うようなことはない。身も蓋もないことを言えば俺も奈々華も甘えが抜け切らないということになる。

今日は英語の教科書と参考書を携えている。奈々華は語学が得意で、既に忘れかけている俺としては教えることなんて何もない。それでも時々ありえないような間違いをして、後ろから俺に指摘させる。やはりお前わざとだろうと怒るようなことはしない。

膝の上にお尻の柔らかい感触。前屈みになってテーブルの上のノートに何かを書き込むたびに、彼女の長い髪は小さく揺れる。しばらくカリカリとやっていると、急に奈々華が思い出したように口を開いた。

「お兄ちゃんは興味ない?」

「何が?」

「マネーゲーム」

まさかお前まで信じているのか、という言葉は喉の奥にしまった。

「元々資金が要るもんだろう? 仮に本当にあったとして俺には無理だ」

奈々華が振り返る。純粋な好意を浮かべたあどけない少女の顔と、男に見られることを意識したような抜け目ない女の顔が混在したような表情で、俺はいつもこの子への接し方には苦労している。

「金がない。特に今はない」

6を掴んでもボーナスが引けない。等価ボーダーを遙かに上回る良釘台を積もっても、負け散らかしている。だからお金はない。借金ならある。沢山ね、沢山。

「ふうん。もし初期費用は要らないってなったら、興味ある?」

「うん、そうだね。それなら俺をねじ込めっ! て感じだね」

リスクがなくてチャンスだけあるなんて、ギャンブルいや世の道理の根底を覆すような甘い話だ。それこそ夢の中の話だよ、そう心の中で妹に語りかけた。






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