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次に向かったのが、「ラッフェル中央商店」という小さな小売店だった。住宅と兼用になっているようで、建物は奥行きがあった。半分を店にしているようで、レジがその最奥にあってその更に奥に引き戸。その中が住宅になっているんだろう。何だか古い駄菓子屋を思い浮かべて心がポッと温まるような気持ち。品揃えはざっくばらんに一通り、細かいものはなさそうといった感じだった。棚も雑然としていてカテゴリー別に置いているという風ではなかった。
「きゃ」
四人が入ると店内は狭くて、棚の上を見上げていると、乾さんとぶつかってしまった。「大丈夫?」と声をかけている間に、ああそう言えば簡単な音は出せるんだったな、と沼田の説明を思い起こした。
「ごめんね? ああ、えっと。あった?」
フルフルと首を振る乾さん。謝罪についてではなく、成果の方だ。他の二人もこっちに集まってきて、芳しくないといった顔をする。
店員に聞くことにしたのだが、この店員、まさしく駄菓子屋のおばあちゃんといった感じで、のんびりとレジの裏に置いた椅子に腰掛けて俺達を見ていた。近づいていくと「いらっしゃい」と優しく笑う。
「すいません。地図を頂きたいんですが?」
「チーズですか。はいはいありますよ」
うん。お約束だな。
「地図です。ち・ず」
「レズ?」
興味ねえよ。
「地図。ここら辺の地形とかを書いたヤツです」
ここまで精巧に老婆を作り上げなくても良いんじゃないかと、運営者に文句を言いたくなる。おばあちゃんはやっとこさ了解したようで、
「ああ。地図ね。地図なら…… あそこらへんの棚の一番上にありますよ」
そうして枯れ枝のような指を俺の体の向こうを指す。首を振って確認する。書籍がある棚らしい。
おばあちゃんが脚立を持ってこようかと、ふらふら歩くので、居心地が悪くて断ってしまった。俺が背伸びすれば届くだろうと思っていたのだが、目測が甘かった。いや、正確には届くには届いたが、ぎゅうぎゅうに詰まった一番上の段から、とても一冊を抜き取れるほどの力がこもらなかった。それにしても何でこんなに高い位置に目立たないように置いているのか不思議だったが、おばあちゃんの言では「ここいらに旅の人が来るなんて滅多になくてね」とのことだった。設定なのか、本当なのか、そんなことを考えながら奈々華の太ももをさする。
「ちょ、お、お兄ちゃん。何やってるの?」
首を持っていかれそうなほど、体が反り返る。俺の肩にまたがった奈々華が暴れればそうなるのは必然。何とか踏みとどまると、
「危ないじゃないか」
と注意。
「危ないのはお兄さんだよ。そろそろマジで通報しますよ?」
沼田の目が本気だったので慌てて言い訳を探す。
「いや、まあ。肩車なんてガキの頃にしてやったきりだったから懐かしくて」
「それで何で変態行為に及ぶんですか? だって」
乾さんも沼田に加勢したらしく、読み上げる沼田は我が意を得たりといった雰囲気。触るとご利益があるとか言えば、上手く誤魔化せたんじゃないかと後悔した。
地図は銀のビー玉一つと交換になった。爺さんから貰った巾着袋の中のビー玉から払う。これらは誰のリングにもおさめずに、これから先の必要経費として使うことに決めた。既に水筒を買って金が二つ減っていて、更に金が一つ壊れて銀が九つになった。
それから俺達は移動してもう少し商品の幅を絞った店に行った。アウトドア用品なんかを取り揃えている店だ。これから先宿をきちんと取れる状況ばかりではないかもしれない。道なき道を行くかもしれない。備えあれば憂いなしってヤツだ。そんなわけで寝袋を購入した。四つ揃えると金が二つ、銀が四つなくなった。丈夫な布で出来た服やレインコートもそれぞれ一着ずつ、それの合計が金二つ、銀八つ。本当はテントなんかも買いたかったが嵩ばりすぎるので却下となった。
店を出る。
「さて今手元のお金はいくらでしょう?」
沼田が指で空に文字を書き込んで考えるうちに、乾さんは俺の手の平に文字を書き込む。「金が三十二。銀が七つ」と彼女は計算が得意らしい。丁度撫でやすい位置にあった頭を撫でてみる。絹糸を触るような感触の猫毛。その奥の丸い頭の輪郭も感じ取れる。楕円の奈々華のものもそれはそれで良いのだが、また違った趣がある。
「ああ。サナまで変態の毒牙に……」
「誰が変態だ」
軽口に乗りながら、俺としても意外だった。乾さんは少し驚いた顔をしたものの、今は素直に目を細めて撫でられるに任せている。嫌な顔をするんじゃないかと思っていたものだから、やめるタイミングさえ逸している。このままずっと撫でていようかと思った矢先には、俺は手を離すことになる。ケツに鋭い痛み。肉を捻りあげられている、と認識したと同時に振り返ると奈々華が感情の入りきらない目で笑っていた。
「いつまでやってるの? ラスクさんたち待ってるんじゃないかな?」
「……はい。すいませんでした」