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結局作業が終わったのは、日が暮れかけた頃だった。未練を残すように西の空に橙の太陽。ぐっと気温が下がっていくのはアレが完全に消え去った後だろうか。昼夜の気温差が中々にある。俺が空を見ていると、ラスクさんが労いの言葉を携えて近くまで来ていた。
「お疲れ様です。おかげで今日一日で目処が立ちました」
それでも畑の半分から3分の2といったところまでしか開墾できていない。
「あとは僕一人でも出来そうです」
本当だろうか。まだ手伝った方がいいんじゃないか。この人も俺と同じ、少し気を回しすぎるキライがあるように思っている。俺の視線が左に広がる雑草にまみれた畑に向いたせいだろうか、
「あっちは僕達家族の食べる分に夏野菜を植えるんです。多少荒れている土地でも育ちますから」
と気休めか本当かわからない口調で言った。そしてそう言われてはそれ以上踏み込む勇気を持ち合わせない俺は「そうですか」と返すに留まった。実は後悔のようなものが胸の内にあった。先に銀行に行けば良かったという。だが背反してコレで良かったと達成感もある。半日費やしてギリギリ間に合ったのだからあんまりもたもたしていたらと思うと。それにあっちはいつでも行けるものなんだから、先に手伝っておいた方がどっちも気持ちいいと。
やっぱり先の葛藤も意味を成さず、俺は異世界というものをまだ自分の常識で捉えようとしていた節があったことを思い知らされる。
夕食をご馳走になることになっていたのだが、準備までの時間を街で過ごしたらどうかとヴォルテナさんに提案された。奈々華は手伝いを申し出たが、「今日一日良く働いていただいたのですから、今度は私におもてなしさせてください」と聖母のような笑みをたたえながら断られては、彼女も頷くしかなかった。そしてそのまま「どこか行ってみたい所はないのですか?」と問われ、銀行に行きたかったが今日は無理だろうという話をした。時間外だと思ったのだ。そして自分の頭の固さを思い知らされる言葉が返ってくる。「今から行けばいいじゃないですか?」と。
こっちの銀行は二十四時間やっているそうだ。よくよく考えれば参加者の利便を図って置かれているものなのだろうから、そうであっても何ら不自然はないが、銀行といえばいつ行っても閉まっているというイメージを払拭するには至っていなかったようだ。奈々華も驚いたようで「あっちの銀行にも見習って欲しいね」と冗談を言った。
四人で揃って歩くと、道の半分ほどを占拠してしまうくらいに道幅はなくて、それぞれのパートナーと並んで、列を形成するように歩く。太陽が沈んで家々の灯りが街灯の役割を果たすだけで、舗装されず地面をむき出した道を照らしている。
「お兄ちゃん汗かいたんだね」
「汗臭いか?」
「うん、ちょっと。何だか硫黄みたいな匂いがする」
「それはさっき俺が屁をこいたからだ」
いつものようにくだらない会話を隣の奈々華としていると、後ろから沼田が俺を呼ぶ。
「やっぱり半々ってのは不味くないすか?」
分け前の話だった。家を出る前にラスクさんは俺に爺さんのものと同じような巾着袋を手渡した。金のビー玉五十個だった。既に二十五は乾さんに渡してある。渡す段にも渋ったが、未だ納得していないようだった。
「どう考えても労働量と見合いませんって」
とのこと。家の中で安穏と子供の面倒を見ていた自分と、屋外で太陽と土と格闘しながら働いた俺の取り分が同じなのが不平等だと言うのだ。これは俺の責任でもある。最初に報酬の分割方法について取り決めておくべきだった。
「だから。俺には子守なんか無理なんだから、適材適所。俺の方が多く働いたなんて思っていないよ。大体俺達はイーブンで組んでるんだから分け前は常に2分の1。それに…… もし仮に君らの方が働いていないって今回は思ったとしても、これから先俺の方が足手まといになる可能性だってあるんだから言いっこなしだって」
と俺の説明ももう何度目だろうか。劇のセリフをなぞっているような気持ちだった。こういうのは四角四面に決めてしまったほうがいい。無駄に条件なりをつけたりすると揉めやすい。
「な? ここは年長者を立てると思ってさ」
首だけ振り返って言い聞かすような瞳を作る。沼田の根負けが近いのを表情から悟って、乾さんがその手の平に何か書くとわかりましたと小さく頷いた。ありがとうございます、とも言った。ふとダメ押しの一手が気になって、乾さんが何を言ったのか沼田に尋ねる。
「お兄さんは格好つけたい年頃なんだから、ここは素直に甘えておこう」
沼田が感情を込めずに言う。乾さんはその間俺の目を見て、憎めない笑みを浮かべていた。