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ラスク・パドリオードの家は、他の家々と変わらず、丸太を組み合わせたログハウスのようだった。家屋の隣に大きな畑があった。その畑と家の敷地との境界あたりに木が二本刺さっていて、その間に紐を通して洗濯物を干していた。ローグ・パドリオード、即ち爺さんの頼みを聞いてやって来たと伝えると、すぐに人の良さそうな笑顔を見せて家の中に招き入れてくれた。屋内には同じように木製の簡素なテーブルと椅子が三脚。ラスクさんが座って、俺達にも促すので、奈々華と乾さんを座らせた。ラスクさんは見たところ三十台の後半から四十台の中頃くらいだろう。男性にしては長い金色の髪を後ろで縛って、前髪もかきあげてデコを見せている。切れ長の目にやや太い眉とシャープな顎。
「美形っすよ。美形。あの爺さんからよく……」
と口にしかけて自分がかなり失礼なことを口走っていることに気付いたのか、沼田は口元を手で隠す。
「す、すいません。いきなり失礼なことを」
そして謝るのは俺。ラスクさんは苦笑しながら、
「構いませんよ。親父とはよく似ていないと言われます」
大人の対応に一先ずは胸を撫で下ろすが、沼田に目だけやる。手の平を合わせて「ごめん」のポーズ。そんな俺達を交互に見て、また苦笑するラスクさん。この人とは何だか仲良くなれそうだ。
「お疲れでしょう? 爺さん、人遣いが荒いから。強行軍で来て頂いたんじゃないですか?」
「いえ。僕達も街を移動しようという話をしていたので、全然問題ありませんよ」
月並みな社交辞令を交わす。日本人を相手にしているようだ。仕事の話に移ろうかというところで、背後の戸がガタガタと鳴って、少し建てつけが悪かった、開かれる。小さな窓しかない屋内は薄暗くて、戸を開いた瞬間に眩い光が飛び込んでくる。振り返ると小さな子供を抱いた女性が後光を携えたように玄関先に立ち尽くしている。さっき見た洗濯物に女物や子供用の衣服を見止め、既婚者だと推測していたので別段驚かない。
「あら。ラスク。お客様?」
女性が引き戸を閉じると再び昼間を忘れさせる薄暗い室内に戻る。こちらも中々の美人だった。茶色い瞳は見開いたように大きく、すっと通る鼻梁の下に桜色の唇。
「あ、ああ。早かったんだね」
すぐにラスクさんは俺達に二人の家族を紹介してくれる。奥さんはヴォルテナと言う名前だそうだ。娘さんはまだ四つで、カリーナと言うらしい。
「こんにちは、ヴォルテナさん。カリーナちゃんもこんにちは」
沼田がヴォルテナさんの腕の中に居る小さな女の子に手を振る。こういうところは素直に尊敬する。カリーナちゃんも人懐っこいのか舌ったらずに「こんにちは」と返した。
「ええと…… こちらの方々は、親父から頼まれてきた……」
ラスクさんが気の弱い笑みを浮かべながら俺の方を見る。まだ名乗っていないことに気付く。
「まあ、呆れた。お名前も伺わないまま、お茶も出さないまま。全く貴方って人は」
ヴォルテナさんの声には呆れと、それ以上の愛情を感じた。ああ、この人とは仲良くなれそうだという直感は間違っていなかった。俺と奈々華の関係にどことなく似ている。奈々華も何か感じたのかこっちを見て、意味ありげな笑みを浮かべた。
ヴォルテナさんは家事と育児に専念し、ラスクさんは家の横の畑で例のイモを作っているのだそうだ。そしてラスクさんは丁度休憩を、ヴォルテナさんは買出しに出かけたその一時に俺たちが訪れたようだった。これで俺はこの街にキチンと買い物が出来る場所もあることを、それはあるんだろうけど何せ異世界なもんで一つ一つ潰していかないといけない、知る。
「早速で悪いんですけど、ジンさんには私のお手伝い、カナエさんとサナさんはカリーナのお守りをしてもらえませんか?」
と、申し訳なさそうにラスクさん。俺達の身体を気遣って、今日は休んで明日からという話を持ちかけたが、俺達としても仕事として来た以上、家の中で休んでいて依頼主のラスクさんだけ畑に放り出すなんて気が引けたので断った。それなら、と逡巡のあとに先の割り振りを口にした。
「ヴォルテナには私を手伝ってもらうとして……」
「あの」
奈々華が小さく手を挙げる。そういえばさっきの割り振りに奈々華の名前がなかった。その旨を彼女が伝えると、ラスクさんは「あ」と気の抜けた声。その後うんうんと唸りだした。
「奈々華さんには私の代わりに家事をやってもらってはどうでしょう?」
妥当だ。奈々華の家事スキルは今すぐどこに嫁に出しても恥ずかしくないレベルだ。それに、身体の小さな乾さん、根気のなさそうな沼田に農作業を任せても効率的でないだろう。元々慣れない、しかも女の子にやらせるには重労働すぎる。案外このラスクさん、人を見る目があるんじゃないかと思う。
「それじゃあ皆決まったところで始めましょうか」
能ある鷹は、何とやらではないだろうけど、ラスクさんのおずおずと切り出した言葉を皮切りに、今日のお仕事が始まった。