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ペタペタと足を動かして俺に追いついたと思うと「お兄さん優しいです」と乾さんの小さな指。可愛らしく笑ってくれる。
俺達は隣町へ。街道を北へ上る。爺さんの話では、銀行はどの街にもあるらしく、だったら隣町のそれに寄ってみようという話になった。途中何人かの他プレイヤーらしき人物を見かけたことも結論を急がせた。
「金が良かったから請けただけさ」
ふふふと乾さんが含む。気になって後ろを見ると奈々華も沼田も同じように微笑んでいた。バツが悪くなって首を戻す。歩く速さを適度にあわせているつもりだが、どうにも乾さんの小さな足が動く感覚が掴めなくて、俺が一人ハブられているみたいになっている。いっそ後ろから投石されたら面白いかな、なんて冗談めいた考え。多分泣くだろうけど。
「ね。お兄さん。次ラッフェルでしたっけ? 着いたら地図を買いましょうよ」
「お。珍しく建設的な意見だな」
立ち止まって振り返る。時々こうして合流しないと俺は本当に放牧した家畜みたく野を一人行きそうだ。
「ははは。照れるな」
めでたい頭の構造だ。と思ったら、隣で愉快げに目を細める奈々華を見るに、どうもわざとのようだ。爺さんが俺達に地図を持たせようとしたのだが、タンスやサイドボードをひっくり返しても出てこず、散々待たされた挙句、婆さん。「使わないので捨てましたよ」と。「そういうことは早く言え」と爺さん。そんな寸劇を正確にはわからないが三十分以上かけて見て、歩くこと一時間ほど、だろう。日はとっくに空の天辺に登頂。夏ではなさそうで、そもそも四季があるのか知らないが、汗ばむ陽気と言ったところ。シャツの首の辺りを掴んで振る。つられた奈々華が手で顔の前をパタパタ扇ぐ。
「奈々。暑いか? 水飲むか?」
ペットボトルなんて高尚なものはなくて、辛うじて水筒があるだけだった。それも魔法瓶構造のものはかなり値が張り、爺さんから前金で貰っておいてよかったと心底。女の子に持たせるのも気が引けて俺が持っている。ふとさっきの乾さんの言は、そういうところも含んでのことだったのか、と考える。さっき爺さんの心中を察そうと、深読み癖がまた顔を出しているだけかもしれない。
「いいよ、まだ。さっき飲んだばっかだから。皆の分だし私だけガブガブ飲んだら悪いし」
「俺の分を飲んでいいよ」
正確に一日の摂取量をはかったことなんかないが、奈々華は人より水分を多く取る性質。食後なんかにも頼まれたわけでもないのに、茶を出したりすることが多い。食中にもよく飲んでいるのに。
「お兄さん。激甘っす」
沼田の笑みは思わずといった格好。
「甘いか?」
「ええ。ケーキの上に乗ったサンタクロースの砂糖菓子のように」
例の限度をわきまえない甘さが舌の上に再現されるように明瞭に。やめろ、喉が渇くだろうが。奈々華が俺と沼田の茶番の終わりを待って、遠慮を示す。本当にいいんだがな、としてもやっぱり遠慮。「お兄ちゃんが干からびちゃったらヤダもん」とまで言われてしまっては、俺もそれ以上はやめておく。乾さんがまたトコトコとやってくる。俺の手を掴むと書き書き。さっきと同じ言葉なんじゃないかと思っていると、「お兄さんシスコンです」だそうだ。
ラッフェルは紡績と農業、畜産の街だ。すぐ北にラプラインダル山を臨み、そこから流れるコット川は、ケーンズパークを貫通して、はるか南の海にまで注ぐそうな、街に肥沃な土壌を提供している。ラッフェルとは古い言葉で「神に愛された地」と言うそうだ。
寂れてはいないが、決して都会然とした栄え方はしていない。基本的には長閑な農村を思わせる。家々のすぐ近くには畑があって、綿毛を孕んだ緑や、瑞々しい野菜を多く抱えた緑。しかし一度街の中央に目をやるとケーンズパークを思わせるようなレンガ造りの重厚な建物。未だ野生児のような視力を誇る俺の目には「カルパッチョ銀行」の文字。やっぱりカルパッチョなのか。その隣には「ラッフェル職業斡旋所」の看板を引っさげた同じような建物の姿も。三人に伝えると奈々華以外は驚いた表情。
「どういう目してるんすか?」
「私は遠くのものまでキチンと見渡せる、そういう力があるんです。貴方とは違うんです」
「バカやってないで早く街に入ろうよ」
俺達二人を追い越して、奈々華と乾さんはすたすたと街の入り口にかかったアーチを潜っていった。